醜い娘に豹変する話の前に
その娘が耐えてきた戦争時代を
お話をしていきたいと思います。


本当に今でも思い出すと
吐き気がするほどの戦いでした。


そりゃー、豹変もするわー。
と、自分で納得したほどです。
でも気付かなかったんですよね。
母の違和感に。





私は4人姉弟の一番上の姉として
生きてきました。
(今でも仲良しですが(笑))


弟とは、2歳差と6歳差と11歳差。

1番下の弟が出来たのは小学校5年生でした。


まあ、えんらい可愛くって可愛くって
彼に会いたくてチャイムと
同時に家に帰ったものです(笑)
中学生、高校生になっても
バイトを始めた時も…
お給料は彼のおやつ代でした!

もちろん、1番上、真ん中も
溺愛してて…可愛くて(笑)
頭がおかしいお姉ちゃんをしてました。



でも、コレにはちゃんとした訳がありました。
母親がハッキリとものを言わない人だったために、言いにくい事は全て姉である私に回され、弟達にとってある意味母親以上に母親でした。


弟の悩み事はすべて私の元に来て
悩みを解決したその後に
それを母親に伝える。

そんな状態でした。

(1番上の弟の彼女に子供が出来た時
1番に報告をくれましたし、
私も息子が出来た時は1番に報告しました。
弟にまず報告せねば!っていう感じで
母の事は二の次でした…)



しかし、彼女が母親として
言うべき事を自分で言う、
そしてちゃんと子供を愛していたら
私達は普通の仲の良い姉弟だね〜で
終わっていたと思います。



私達姉弟は、共に戦い生き抜いた
”戦友”でした。



家族という国の中での戦争に
耐えてきた、共に戦ってきた。

戦友。





戦いが始まったのは、
私が小学校に上がる前。

私達2人に”父親”という存在ができました。


そう。


私達の”敵”。



勝てるはずのない敵との戦いが
幕を開けたのです。



私はその日々を地獄と呼んでいます。




その言葉以外を見つけられず
今でも地獄と呼んでいます。



それとはすこしズレて始まったのが
母親からの依存の戦いでした。