代表の重みとは・・・ | サッカー民間強化委員会!(非公認)

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サッカー日本代表やJリーグについて、勝手に「民間強化委員会」を名乗ってうだうだ言うブログです

高原が代表辞退だそうで・・・記事では岡田監督と話し合って「除外」という扱いらしいけれど、どうでしょうねえ。岡田監督の名誉を守るために、『辞退』じゃなく『除外した』のかも知れないし・・・

先日、日本の不動のSB、加地さんが代表引退を発表しました。坪井選手に続き、79年組がまた代表から去っていくことに。加地選手曰く、「クラブに集中したい」

これまで、日本の選手が海外と戦うのは代表戦しかなかった訳で、代表に選ばれることは世界への扉が開いたことを意味していたわけですが、ACLで浦和がミランと戦ったことは少なからず選手たちの心に変化をもたらしたはず。クラブチームでも世界と戦える、世界に見てもらえる、と。スタメンに入れるか分からない、自分の得意とする場所ではないポジションで出場させられる代表よりも、気心の知れた、普段から一緒に戦っている仲間と世界を目指す。そんな方向へ目が向くのも当然かも知れません。

しかし、それだけなのでしょうか。先日発売された「オシムの言葉」の文庫版に追加された新章の中で、4-1で勝利した昨年のエジプト戦について川口選手はこういっています。

「やっぱり選ばれていない選手も代表の試合をテレビで見ることで自分もやりたいと思うんですよね。Jの選手はあのサッカーに憧れていましたよ」

A代表とは国の代表であり、そのサッカーは国の指針となる可能性を秘めている。いい意味でも、悪い意味でも。オシム時代には、選手が「自分でもやりたい」と思うサッカーを展開していた。それは少なからず代表へのモチベーションになっていたはず。たとえ出場できなくてもあのサッカーが出来る。憧れのスタイルのサッカーが。クラブのサッカーとは違っていても、魅力を感じるスタイルには違いなかった。


岡田監督は合宿に怪我人も呼んで帯同させます。鹿島の内田がいい例です。かれはクラブでも試合には出ていますが、試合後数時間は動けなくなるほど、痛みがまだあるようです。そんな彼を呼んでいる。浦和の阿部も然り、鈴木も然り。
選手の中には「練習が激しすぎる」という批判も出ているという報道もあります。思えば加地選手も怪我が治りきっておらず、コンディションは万全でなかったが出場し、しかも不慣れな左サイドを任されマスコミに叩かれる醜態を晒してしまった。
前任者は、練習のメニューも選手のコンディションなどを考慮しながら毎日変えていたという。「走れ」が看板といわれた監督が、である。

前任者と比較してしまうことはあまりフェアではないかもしれないが、現実に現れている事実を照らし合わせるに、岡田監督のサッカーを、また岡田監督の管理術に対する選手の評価が、代表引退、または合宿辞退という現象となって現れている、そういう気がしてなりません。

以前、日本代表について都並(現横浜FC監督)氏は言っていた。「日の丸は特別だった。」
しかし今は時代も変わり、日の丸の意義も変わってしまったのかもしれない。代表に入る、代表に残る、というのも以前とは異なる秤を選手たちは手にしているように思える。