今の私は彼の名前がちゃんと書けない。
書くと何も屈託無く書いていた頃を思い出して、
無理なのだ。
なのでここでは「彼」と統一して書かせてもらいたい。名前を書けない癖に書きたいことが山ほどあるのだ。
私が本格的にフィギュアスケートが好きになったのは長野五輪からで、そのきっかけの1人が
アレクセイ・ヤグディンであった。
ヤグディンは演技の通りの人間で
良くも悪くも熱い男だ。
プラスの感情を抱く相手にはものすごく親身になる。
そしてそのヤグディンの引退後、もう1人の
男子選手のファンになった。
ステファン・ランビエル。
ヤグディンが父親的愛情表現タイプとすればステファンは母親的愛情表現タイプと言える。
それは今の教え子達への言動を見たら一目瞭然だろう。
その2人に大切にされ、愛されていた選手が
彼だった。
私は彼の事をヤグディン的、ステファン的な
部分も持っていると思っていた。
力強い演技をしたかと思えば繊細な腕の動きを
見せる。だからとって彼にオリジナリティーが
ないとは全く思わない。
彼の持つ品の良さは彼独自のものであり
クールなように見えて熱さがあるのは
ヤグディンやステファンには無いものだ。
6番さんがブログでユーロと北米とロシアの
いいとこ取りと言われていたが、まさにそうだった。
だからこそ私は彼の演技が好きだった。
こう過去形になってしまうのが怖い。
辛いというよりも、怖い。
彼はスケート以外にも才能を発揮していた。
年齢と共に滑れなくなっても輝かしい未来が待っているはずだった。
あのパリのテロの時の冷静なやりとりを見て
将来ISU、あるいはIOCの会長にもなるんじゃないかなと思っていた。
ヤグディンと語ったという未来への実現も
可能だったと思う。
あんな形で未来、夢、可能性を奪われるまでは。
棺の中で小さく眠る彼を見て、私はある程度現実世界に引き戻された。
彼の演技は、もう新しく更新されない。
でも全てが失われた訳ではない。
試合の、ショーの、オフアイスの映像が遺されている。
彼はファンの為にもSNSをよく使っていたから
沢山残っている。そして彼の思い出。これだけは彼の命を奪った犯人でも奪えなかったものだ。
今はまだ殆ど彼の演技動画は見れない。
特に2015年四大陸のFSはしばらく無理だろう。
でもこれら映像や写真達は、彼がちゃんとこの世にいたという証であり、いつか懐かしい思いで見る日も来ると信じている。
彼は確かにいて、スケートファンを喜ばせ感動させていた。
その事実は誰であっても消せない。
最後に長くなったが、彼には感謝の思いしかない。今まで素敵な演技をありがとう。
どうかまた逢う日まで安からにいて下さい。