夢って不思議 -8ページ目

食パンマン

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高校生の時、入ってすぐにお小遣いが貰えなくなったのでアルバイトを始めた。
学校から300m程離れた場所に、
旧 近○○品工業(株)
現 (株)オ○シス
通称キ○キパンのパン工場が有り、そこで20ヵ月間バイトをしていた。
最近では高校生をアルバイトとして雇ってくれる所は少ない。
お金が欲しかったので毎日の様に求人チラシや広告を眺めていたが、『高校生不可』や『18歳以上』の表記ばかりでバイトできそうな所がなかなか見つからなかった。
ようやく『16歳以上』とだけ書かれて有り、高校生不可と書かれてない所を見つけた。それがキ○キパンだった。
たまたま学校の近くだったので、放課後少し遊んでから行くもよし、一度帰って休憩してから行くもよしという好条件な場所に有ったので、迷いなく電話し、面接を受けた。
11月生まれなので、『16歳以上』の条件はまだ満たしていなかった。
どうやってごまかそうかと考えた挙句、提出物の生徒手帳の生年月日の11に、横線1本加えて強引に4にして4月生まれにした。
履歴書にも4月生まれだと書いた。
しかし、たいていの高校はアルバイトを許可していない。雇う側ももちろんそれを知っているはずなのだが、ここの人事は黙認しているようだった。
面接には4人来た。1対1ではなく4人まとめて面接を受けた。他の3人はやたら質問されていたが、自分には何も聞いてくれなかった。それでも面接には受かった。

パン工場の中は《食パンライン》と《菓子パンライン》に分かれており、菓子パンの方が食パンに比べて製造個数も多く、1個あたりにかかる手間や時間も多いため、人数が多い。
食パンラインのアルバイトは、自分も含めて2人だけだった。

菓子パンラインの仕事はとてもきつそうだった。
室温35度に保たれた部屋で力仕事をさせられたり、-6度の冷蔵室に割烹着と薄いジャンパーだけで放り込まれて作業をさせられたりと、見るからに過酷な作業だった。
食パンラインに配属された自分が何をしていたかというと、食パンの検品作業だった。
ベルトコンベアで流れてくる、焼きたてで枚数切りする前の食パンを転がしながら見て、たまに流れてくるいびつな形をしてやたら重たい食パンや、油粕のついた食パンなどの不良品を別のコンベアに移すという誰にでも出来る単純作業だ。
しかしこのバイトがなかなか続かないらしい。
説明を聞いて、んな馬鹿なと思いながら作業をしていたが甘かった。作業を初めてから1時間程で続かない理由がわかった。

遅い。
時間の流れがとてつもなく遅い。ありあえない。

退屈過ぎて時計を見る回数がどうしても多くなる。
さっきから10分くらい経ったかな?と時計を見たら2分しか経っていなくて落胆する。
台に登って前傾姿勢を保ったまま4時間経過するのをひたすら待つ。拷問だ。

周囲には誰もいない。話相手は茶色で直方体のあんちくしょうだけである。
機械の音が大きいので、慣れてきてから最初の2時間はひたすら同じ歌を歌っていたり、鼻歌まじりでリズミカルに作業し、残りの2時間は耐えに耐えていた。パン工場の中は、自分にとっては【精神と時の部屋】そのものだった。
得たものは 仕方なくもつことになった携帯電話と、高校生にしては多い貯金と、省エネ行動法(できるだけ何も考えず必要最低限の行動のみをとって時が流れるのを待つ)と、暗い性格だ。
ハングリー精神が有ったからこそ続けられたのだ。もう一度あれを、しかも時給690円で20ヵ月やれと言われても絶対出来ん。出来んっ!


食パンラインのもう一人の子は、2つ上の紳士的なお兄さんだった。
数少ない食パンラインの子で、のっぺりした面構えをしていたので、菓子パンラインのバイトの子から食パンマンと呼ばれていた。
あまり話す機会は無かったのだが、夢の中に何回も出てくる常連さんだ。

彼は、食パンで藤原チーフ(上司)をぶん殴ったり、
時にはベルトコンベアで流れてくる食パンをかたっぱしから前方にぶん投げたり(これはリアルで頭おかしい工場員がやっていた)、
さらには丸くうずくまった状態(本人曰く食パンの真似)でベルトコンベアに乗って現れたりと、
夢の中で様々なパフォーマンスを見せてくれるので
自分にとってもヒーローだ。
食パンマンだ。

そのうち空も飛んでくれそうな気がする。
頑張れ食パンマン。

素敵な

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鼻。

理想の

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目。