MINIOWL(ミニオウル) -8ページ目

MINIOWL(ミニオウル)

ブログで語る都会アラサー、ミニオウルの生活日記。家電や文房具、政治や音楽など興味のある事柄をなるべく良質な記事で綴っていこうと思います。

アメーバ高級はわからない

お正月に「芸能人格付けチェック!」という番組がある。何十万もするワインと安いワインを飲んで、正解を選ぶとかそういうやつです。芸能人は色々とうんちくをたれ、「間違いない!」などと発言し、正解が発表される。GACKTは今まで間違ったことが無いとされるが、みんなだんだん疑い深くなり、正確を当てるのはとても困難。

芸術なんてものはそんなもので、一流の陶芸家の食器や、すごく上手い素人の絵か玄人の抽象画かは判断が難しいです。これは価値判断の多くが直感に頼っているからで、直感以外の情報、データやクチコミ、ブランドのイメージが抜いてあると普通の人には判断がつかない。

アメーバグラミー賞アーティストの路上ライブ

以下は世界でも最も有名な部類のヴァイオリニストが、ワシントンの地下鉄で演奏した記録。一切のブランドイメージを無くしても芸術は通用するのか?ヴァイオリニストはグラミー賞にも輝いた、ジョシュア・ベル。彼のチケット平均額は100ドル以上で、楽器は推定3.8億のストラトヴァリウスを使用。はたしてその結果は、、、、、、


ある寒い1月の朝、一人の男がワシントンD.C.の駅で座りながらバイオリンを弾き始めました。彼はバッハの曲を1時間程演奏しました。その時間帯は通勤ラッシュだったため、約1100人がその男の前を通りました。

3分後、ある中年の男はバイオリンを弾いている人がいると気づき、足を止めました。しかし、結局止まったのはほんの僅かな時間で、数秒後にはその場を離れました。

1分後、バイオリニストはやっとお金を稼ぐことができました。ある女性がケースに1ドル札を投げ入れましたが、彼女は止まることなく歩き続けました。

少しした後、壁に寄りかかって彼の音楽を聴く者が現れましたが、腕時計を見るとすぐに歩き始めました。会社に遅刻しそうだったのです。

一番彼の音楽が気になったのは、3歳の男の子でした。彼のお母さんは急いでいて、男の子の腕を強く引っ張りました。それでも男の子はバイオリニストを聞こうと足を止めます。お母さんは男の子の背中を強く押し、無理やり歩かせました。それでも男の子はずっと後ろのバイオリニストを見ながら去って行きました。他の子供も同様でしたが、親は全員例外なく止まることなくその場を去りました。

彼が演奏した一時間内で、足を止めて彼のバイオリンを聞いたのはたった6人でした。お金を入れてくれたのは20人程でしたが、止まった人は誰もいませんでした。稼いだお金はたったの32ドル。彼が演奏をやめ、駅が沈黙に包まれた時、気付いた人は誰一人いません。拍手はなく、このバイオリニストを認める人はいなかったのです。

バイオリニストの名前はジョシュア・ベル。彼は世界で最も才能のあるミュージシャンの一人です。彼はたった今、歴史に残る傑作を演奏したのです。それも3億円のバイオリンを使って。

彼の駅での演奏の二日前、彼のボストンでのコンサートのチケットは、一枚一万円するものの全て売り切れました。

これは実際にあった話です。ジョシュア・ベルが素性を明かさず行ったこの演奏は、人々の視覚・嗜好・優先順位を研究するための実験としてワシントン・ポスト紙によって行われました。私たちは本当に「美しさ」を理解しているのだろうか?それをちゃんと足を止めて味わっているのだろうか?予想していない状況でも、才能を感じ取ることはできるのだろうか?






これをヨーロッパで行ったら又違う結果が出たという声もある。また、ワシントンの地下鉄で演奏する人はホームレスであるというイメージもあり、ブランディングとしてはハンディを増やした形かもしれない。しかし、突然殴りかかってきそうな人には見えないし、これだけの人々が3分も立ち止まることが出来ないほど忙しかったとも思えない。例えばゲリラライブのような形で名前やプロフィールを明かして弾いていれば結果は全く違ったものになっただろう。

アメーバ芸術とはなにか

この実験ではいくつかの結論が導かれる、話の飛躍に注意しなければならないが、芸術とはこんなものだとは言えると思います。
しかし、下記のような宮崎駿の発言もあります。

「なにかを伝えようとするなら、ただ、いいたいことをいうだけでは、ダメなんだ。それを伝えたい相手に、そのことを徹底して考えてもらえる空間をも届けなければならない」

この言葉も妙に頷けます。あれだけの内容のある映画を作るアーテイストでもそう思っているのですね。「内容と空間」その両輪がないと芸術は成功しない。どちらがかけても聴衆はついてこない、そうかもしれません。クラシックの世界ではその空間とはタキシードであったり、格式のあるホールだったり、高いチケットだったりするのでしょうか。ロックであれば髪型だったり、発言だったり、ゴシップネタであったりするのでしょう。


「映画館とは、暗くて音量の大き部屋に閉じ込め、巨大なスクリーンで2時間以上も、大衆を無理やりを拘束する近代装置である」


と語った人がいます。そこまでとは思いませんが、そうしたちょっとした強制が、結果として感動に繋がっているとは思います。自宅で映画を見ていると、つい他のことに気を取られ、深い感動に至らない場合が多いからです。

「本当の芸術とは」皆さんはどう思われますか?