「人間の盾」「爆弾の装着」アルジェリアでの人質事件で多くの尊い人命が失われました。「人間の盾」「爆弾の装着」などとショッキングな言葉が飛び交う中で、煮え切らない対応と、最悪の結果が人々に影を落としている。

テロリストの要求は3ついまいちよくわからないのだが、肝心なテロリストの要求は以下の3つ
1.マリにおけるフランス軍の行動阻止
2.米国に収監されているアブドゥルラフマン師の釈放
(エジプト人でイスラム過激派の精神的指導者の一人)
3.米国に収監されているサディキの釈放
(パキスラン人女性科学者で米兵へのテロ計画者)
ただし、もちろん長年の駆け引きの積み重ねや、暴力団の枝分かれの様に、新勢力の存在感の誇示などの見方もある。複合的な要素があるのだろう。
だからこそ、アルジェリア政府は交渉をすることがなかった。「テロリストとは交渉しない」これは米国をはじめとする人類がだした一つの心理でもある。
ただし、これは着地点は交渉によって導きだされないというだけであって、対話は必要なはずだ。交渉はしない→交渉のプロを養成する必要性はないという図式が成り立つのはおかしいし、無策の言い訳になってはいけない。
要求はかならず拡大するなぜ対話をしないかというと、要求は必ずフット・イン・ザ・ドアになるからだ。
フット・イン・ザ・ドアとは「小さな依頼から大きな(本来の)依頼」に繋げるテクニック。セールスマンが訪問したお宅の玄関に足を入れてセールスする事から来た心理用語だ。
「お願いがあるんだけど、帰りにクリーニング屋に寄ってきてくれない?」といっておいて、まず最初の要求を通す。その後に「ついでに、今晩の夕食も買ってきてもらっていいかな?」となる。最初から大きな要求をすると断られるものも、段階を踏むと、断りづらい心理を利用したものだ。
これは2段階要請法ともいわれ、何気なく使っているいるかもしれない。
このような対話になる可能性を考えると、当然最初から要求を飲むことは出来ない。
しかし、一方的に提示された条件の代償があまりにも大きい時、我々はどうするべきなのだろうか?
テロなき世界の実現は根源的なところにある。いくら武装勢力を駆逐しても新規参入をふせがなければ戦いは終わらない。テロに志願する地域の安全、政治、食や結婚の安全が保証されなければ世界はこのままだ。
世界の8割の富を世界の2割の人間が分けあっている状況を変えなければテロは終わらない。
神と常識の違い日揮株式会社は一般人の目から見るに世界にプラントを展開する東証一部の大企業だ。民主主義的な経済とエネルギーを考えている起業と、神と世界の富の関係を考えている人間との間に咬み合わない常識が考えられないほど有ることは簡単に想像できる。ここに、警備体制や、ネゴシエーター(交渉人)の存在などの不充実が影響した事も有るだろう。
今回の事件をきっかけに、さらに宗教や経済、世界の理解と対話を進めなければ今回亡くなった方達は浮かばれないと思う。我々は世界に興味がなさすぎる、その対話の内容を考えれば、立ち止まるだけの中身があり、根源的なことや自分自身の人生観などにたどり着くこともあるのに。