近所に、ちょっと不思議なスナックがありました。
昼はランチ営業。
夜はスナック。
そして、その店には常連のお年寄りがたくさんいました。
聞けば、年金受給日に一定額を店側に預けて、毎日そこでご飯を食べるという仕組みらしい。
最初は「へぇ、そんな形もあるんだ」と思っていました。
わたし自身も、たまにランチで利用していたのです。
「なんかしんどい」が、答えだった
でも、通ううちに違和感を覚えるようになりました。
その独特な空気感。
依存にも似た距離感。
誰かのお金事情や家庭事情が筒抜けになっている感じ。
そういうものを見聞きするたび、なんだか気持ちが消耗するようになっていったんですよね。
そして、ある時から店に行くのをやめました。
近所なので、スナックのママさんに道で会うことはあります。
「最近来ないから心配してた」
そう声をかけられたこともありました。
でも、わたしはしれっと距離を置いた。
それだけです。
距離を置くって、案外シンプル
人間関係って、「切る」「揉める」「絶縁する」みたいな極端な発想になりがちです。
でも、本当はもっとシンプル。
- 行かない
- 会わない
- 深く関わらない
それだけで、自分にとって快適な距離感って作れるんですよね。
道端で会えば普通に挨拶する。
困っていたら手助けもする。
でも、店には行かない。
ただそれだけです。
悪口を言いながら通い続ける人
そんな中、わたしと同じようにその店へ通っていた女性がいました。
でも彼女は、会うたびにママさんの悪口を言います。
「あそこの料理、古い物出てくるで」
「食べられる物なんて〇〇くらいやわ」
「娘と仲悪いらしい」
「息子も離婚したって」
「子どもにお金残さんためにまたリフォームしてるで」
毎回そんな話ばかり。
なのに、通うのはやめない。
わたしは不思議で仕方ありませんでした。
そんなに嫌なら、行かなければいいだけなのに。
不幸を見て安心したい人たち
結局、人の不幸を見て安心したいのでしょう。
「あの人より自分はマシ」
そう思うことで、自分の居場所を確認している。
でも、それって他人ありきの幸福感なんですよね。
誰かが不幸でいてくれないと、自分の心が安定しない。
それでは、いつまで経っても1人で満たされることはありません。
人は「反面教師」として現れる
人のことって、客観的によく見えるものです。
だからこそ、周りにそういう人が現れた時は、
「あ、自分も気をつけよう」
そう思えばいい。
神さまが反面教師として教材を見せてくれているのかもしれません。
観察したら、学んで、自分は離れる。
それで十分です。
ステージが変わると、自然と離れていく
昔のわたしなら、こういう相手とも無理に付き合っていたかもしれません。
でも今は違います。
ステージが変わった人とは、無理に一緒にいなくていいと思っています。
価値観が変われば、居心地のいい場所も変わる。
だから、無理して合わせ続けなくていい。
わたしはもう、その彼女のお誘いに応じることはないでしょう。
でも、恨んでいるわけでもありません。
ただ、自分にとって必要のない場所から、静かに離れただけです。
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