子どものころは制限なんてなくて
何でもできるって
限界なんてないんだって
何にでも果敢に立ち向かってた。
だから子どもの頃のように
ガムシャラに進みたいって。
これ、よく聞くんだけども
ぼくには当てはまらない。。。
自分は無敵だって感じた記憶がない気がするんだな。
自分自身の記憶がはっきりしているのは
幼稚園から。
通せんぼされた年少時期。
ほぼ記憶のない年中時期。
友達と走り回って人を引っ張っていく気持ちよさを知った年長時期。
物心ついた時から、自分は何か違うと
どことなく感じていたような気がする。
トランスジェンダーだなんていう認識はまったくなかったけれど、
自身の性別に反抗する事もできなかったけれど、
なぜ自分は友達と同じ男じゃないのかっていう悔しさはあった。
だから誰にも負けたくないって気持ちが強かったんだと思う。
幼稚園で一番心に引っかかっている記憶がある。
それは学校祭みたいな行事の準備のとき。
ダンボールを繋ぎ合わせて迷路を作るか、
小屋のようなものを作るか、
2つに分かれることになった。
自分は大工のようなことがとても好きだったから
小屋を作るほうがしたかった。
でも、そっちのグループに女の子はいなかった。
男の子に憧れてるのに、
負けたくないのに、
なぜかやりたいって手を挙げられなかった。
なぜか周りを見渡した。
周りの目が気になったんだと思う。
結果、何度も後悔した。
なんであっちに行かなかったのかなって。
あっちの方がしたかったなって。
きっと、人生初の後悔だったように思う。
今から考えると、
ぼくは幼稚園のときから自分がどう見られるかを気にして生きていた。
スゴイと言われたい。
カッコよく在りたい。
そんなことを4歳位から考えて生きてきたんだなぁって。
自分の最大の弱さはここにある。
人にどう見られるかがどうしても気になる。
自分の評価を下げることにすごく抵抗がある。
自分の評価が低くなってしまうことが怖い。
でも、そうやって生きてきたからこその強みもある。
自分を客観視すること。
冷静に対応すること。
人をよく観察し、感情を察すること。
人に優しくあること。
自問自答を常にし、自分自身を分析すること。
自分の芯をもっていること。
自分の弱さも強さも過去の経験も、
全てと向き合って見つめてきたからこそ
今の自分を把握できる。
これからの未来に自信が持てる。
自分自身を好きになれる。
自分を輝かせるために
より大きな結果を出すために
必要なことは
自分の現在地を知ることだと思う。
何が弱くて何が強いのか。
一般的と言われるものに対して、
自分はどの程度の位置に属しているのか。
技術や能力だけではなく
外見もしっかりと見極めることが大切。
ちょーカッコイイならだるだるの服でもいいかもだけど
それなりならそれを上回る服を着る必要がある。
表情も
髪型も。
自分をしっかりとわきまえているか。
これができれば、後は必要なところを伸ばすだけ。
いらないところは捨てればいい。
自分自身としっかり向き合ってきた人生だからこそ
負い目や劣等感を抱いて生きてきたからこそ
マイノリティーで生きてきたからこそ
表現できるものがある。
強さがある。
そう思えるようになったのも、ここ最近。
自分にしかできない生き方を。
自分だからこそ出来る貢献を。
自分の存在価値を示せる仕事がしたい。
自分の価値をもっと高めて
生きた証を残していきたい。
今までお世話になった、支えてもらった人達に恩返しをしながら。。
