「ユノ? 聞こえてる?
具合でも悪いのか?」

何度か俺に声をかけたらしい
親友で会社の同僚の
ドンへが肩を叩いて来た

「ああ…すまない
考え事してた
何か用か?」

「打ち合わせの時間の確認を
聞いてたんだけど
お前が、そんな風にぼーっと
しているなんて珍しいよな

何かあったのか?
いい女でも、見つけた?」

ドンへは、興味深げに
俺の顔を覗き込んだ

「そんなんじゃないよ!
仕事のことだよ!」

にやにやと笑って俺を見ている
ドンへに向かって
そう言って誤魔化した

本当にこいつは
俺の事をよく知っているから
隠し事なんて出来やしない…

電車で見かけた
あの人の事が
何故かずっと忘れられないでいた

ふんわりと優しく
微笑んだその表情と
美しい顔立ちが印象的で
頭の中から離れない…

そんな気持ちが
表情に出たのか
自然と顔が赤らんだ

「冗談で言ったのに
本当にいい女見つけか?」

ドンへが驚いた顔をした

「テミンがいるのに、
そんな訳ないだろう?」

子連れの男には
簡単に恋愛出来る訳がない…

ましてや
相手は同性だし…

俺の言葉を聞いて
ドンへは複雑な表情を浮かべた

「テミンと2人で暮らすようになって
もう3年になるんだな」

「ああ…小さかったあいつも
大分、手がかからなくなったよ」

「お前、一人で子供を育てるのは
大変だろう?
本気で、結婚考えた方が良くないか?」

ドンへが言いたい事は
よく分かっていた…

テミンは、2歳の頃から
俺が一人で育てていた

俺が、仕事が遅くなる時や
病気の時には
家政婦さんの手を借りて
なんとか、テミンを育てる事が出来た

「ドンへ…心配してくれて
ありがとう
でも、大丈夫だよ

テミンは俺の唯一の家族なんだ
俺がちゃんと育てるよ」

そう…高校生の時に
両親を事故で亡くして
俺は6つ離れた兄に
大学を出てもらった

その兄も3年前
32歳の働き盛りに
ガンで他界した

そして、今は
テミンと2人暮らし…

テミンは、俺にとって
この世でたった一人の家族なんだ

テミンの母親が
俺たちの元を去った日から…
俺がテミンを守る決心をしたんだ

「わかってるよ…ユノ
だけど、誰かに頼ってもいいんだぞ
あまり、無理をするなよ」

大学時代に知り合って
俺の事をずっと
見守ってくれているドンへ

「わかっているよ
ありがとう…」

心配したり、励ましたり…
いつも気にかけてくれるドンへ

こいつがいてくれたから
今までなんとか
俺は1人でやってこれたと思う

そうして俺は
日々を送っていた

そんな時に出会った
あの人の面影が
ずっと心の中に
残っていた…