6.なくなった牛乳瓶

「どうして?」
おもわずトモカさんはつぶやきました。
たった二週間でしたが、今ではすっかり毎朝牛乳が届けられるものと思い込んでいたトモカさん。それをあまりにも当たり前のように思っていたので、朝牛乳瓶がないことにびっくりしてしまったのです。
もしかして、置き場所を変えたのではないかしら?
そうおもって、中庭に面した窓の下を見てみましたが、そこにはいつもと同じように、割れた植木鉢のかけらがあるばかり。
しばらくドアの前に立っていたトモカさんでしたが、次第に腹がたってきました。
どうして、途中でやめるくらいなら、最初から置かないでくれなかったのでしょう。
どうして、人に期待だけさせて、いきなりそれをとりあげてしまうのでしょう。
そう、トモカさんは期待していたのです。ずっと、毎朝温かい牛乳が届けられることを。

部屋に入るとき、トモカさんは強くドアを閉めたので、ドアがばたんと閉まる音はお向かいの102号室のイチロウさんの耳に届きました。イチロウさんは、長く生きてきた人にわかる勘で、「ああ、きっとトモカさんには不愉快なことが起きたのだろうな」というようなことを思いました。トモカさんは不愉快なことでも起きないかぎり、ドアを強く閉めるような人ではありませんでしたから。
部屋に入ったトモカさんは、そのままベッドにもぐりこみました。
もう何も考えたくありませんでした。
そのまま夜まで、ずっとベッドの中にいました。お昼ごろ、トモくんはトモカさんの部屋の窓のそばまでやってきました。でもトモカさんの部屋のカーテンは閉められたままだったので、ちょっとつまらなく思いながら、アパートメントの門から出て行きました。
トモくんも牛乳が飲めるのを楽しみにしていたのでした。
夕方、トモカさんはベッドを抜け出しました。そろそろ仕事に行かなければなりません。今夜は外にでたくありませんでしたが、仕方がありません。
それにしても、牛乳瓶一本の為に、外へでるのもおっくうになるなんて!
トモカさんは「だからプレゼントは嫌なのよ」とつぶやきながら、部屋をでました。その夜のトモカさんは元気がありませんでした。でもいつかと同じようにとてもうまくごまかしたので、他に気づいた人はいませんでした。そしていつものように朝方、いつものようにハイヒールをカツーンカツーンといわせて(前に言ったように、どうしても音はでてしまうものなのです。なんてったってハイヒールですから。)アパートメントまで帰ってきました。アパートメントの門を開けるとき、トモカさんはちょっぴり期待しました。
もしかしたらまた牛乳瓶が置かれていないかしら?
そっと部屋のドアまでやってくると、やはりそこには何もありませんでした。