なぜ、息子の態度が変わると、母は「関係が壊れた」と感じるのか


「少し、距離を取ってみよう」

そう思って、息子への関わり方を変え始めた。

必要以上に口を出さない。
先回りして手を出さない。
本人が考える時間を残す。
できることは、自分に任せてみる。

これまでよりも一歩引いて、息子自身に委ねるようになった。

ところが、思っていたようにはいかない。

息子は以前より話さなくなったり、何を聞いても「別に」と返したりする。
かと思えば、些細なことで不機嫌になり、
突然きつい言葉をぶつけてくることもある。

「関わりすぎないほうがいい」と思っていたのに距離を取ったらかえって関係が荒れてきた。

そんなとき母の中には、

「私の関わり方が間違っていたのかな」
「もっと声をかけたほうがいいのではないか」
「このまま放っておいて大丈夫なのだろうか」

という迷いが生まれます。

そして息子の態度が変わるほど、
母は「関係そのものが変わってしまった」と感じやすくなる。

けれど本当に変わったのは、
関係なのでしょうか。

もしかすると母が苦しくなるのは、
息子が怒ることや黙ることそのものより、
その態度の奥で何が起きているのかが見えないことなのかもしれません。


「何を考えているのかわからない」

この感覚の奥には、思春期の親子関係を考えるうえで、もう一つ別の問題が隠れています。




第1章
思春期男子の「怒り」と「沈黙」は、まだ言葉にならない感情かもしれない


思春期の息子が怒っているとき、母はその態度を「反抗」と受け取ることがあります。

「うるさい」
「今は無理」
「放っておいて」

そう強い言葉を返されれば、これまで築いてきた関係まで否定されたように感じることもあるでしょう。

一方で、何を聞いても「別に」「普通」としか返さず、自分の部屋にこもってしまうときには、「もう私には何も話してくれない」と距離を感じます。

怒っている息子と、黙っている息子。

母から見ると、まったく違う反応です。

けれど、外に出ている形が違うからといって、その内側まで違うとは限りません。

怒りとして表に出るものもあれば、沈黙として内側へ引いていくものもある。

どちらにも、自分の中でまだ整理しきれていない何かがあるのかもしれません。

思春期には、友人との関係、成績や競争、自分の身体の変化、周囲からどう見られているのかなど、それまでとは違うものが一度に自分自身の問題として返ってくることがあります。

悔しさ、不安、怖さ、情けなさ、思い通りにならない苛立ち。

それらが一つずつ「これは不安だ」「本当は悔しい」と整理されてから表に出てくるとは限りません。

だから、「男子は感情を言葉にするのが苦手だから怒る」と説明してしまうと、少し違ってきます。

問題は、言葉にする能力だけではない。

言葉にする以前に、自分の中で何が起きているのかを、本人自身がまだつかみきれていないことがあるのです。

もちろん、怒りの奥に必ず悲しみがあるわけでもありません。

沈黙の理由を母が推測して、答えを決める必要もない。

ただ、

怒っている。だから、攻撃している。
黙っている。だから、何も考えていない。

と、外側の反応だけで息子の内側まで決めつけないことです。

怒りも沈黙も、感情そのものではない。

まだ言葉にならないものが、そのときどきの形を取って現れているのかもしれません。

そして母を苦しくさせるのは、まさにその「見えなさ」なのです。




第2章
「何を考えているのかわからない」──息子の「わからない」は、空っぽという意味ではない


「別に」
「普通」
「わかんない」

何を聞いてもそう返されると、母は次第に
「この子はいったい何を考えているんだろう」と思うようになります。

怒っているように見えても、何に怒っているのかわからない。

黙っているけれど、悩んでいるのか、何も考えていないのかもわからない。

すると、「本人も自分がどうしたいのかわかっていないのではないか」と考えてしまうことがあります。

けれど外から見えないことと、内側で何も起きていないことは同じではありません。

思春期は、自分でもまだ説明できない自分と出会っていく時期でもあります。

友人との関係の中での自分。
できることと、できないことの差。
周囲から見られている自分。
親に対して感じる苛立ち。

これまでなら、それほど意識しなかったことまで、自分自身の問題として返ってくる。

だから息子の中に何かが起きていても、それがすぐに「考え」としてまとまるとは限りません。


「どうしたいの?」と聞かれても答えられない。
「何に怒っているの?」と聞かれても説明できない。

それは考えていないからではなく、まだ答えになる前だからかもしれません。

「わからない」は、空っぽという意味ではない。

そこには、本人の中でもまだ輪郭をつかめていないものがある。

そして母から見れば、その「まだ形になっていないもの」こそが、最も扱いにくいものになります。

なぜなら見えないものには、母が手を出す場所も見えないからです。

何に困っているのかわからない。
何を求めているのかわからない。
どうしてほしいのかもわからない。

すると母の中に、別の問いが生まれてきます。

「私は、この子に何をすればいいのだろう」

ここから問題は、息子の感情だけではなくなります。

「わからない息子」を前にした母自身の役割が、揺らぎ始めるのです。




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ここまで見てきたのは、息子の内側で起きていることでした。

けれど、思春期の親子関係が難しくなるのは、息子が「わからない存在」になることだけではありません。

その「わからなさ」に直面したとき、母の中でも、これまでとは違うことが起き始めます。

「何をすればいいのかわからない」

その感覚は、やがて「何かしなければ」という焦りへ変わっていく。

そして気づかないうちに、息子の感情まで母の仕事になっていきます。

ここからは息子の問題ではなく、そのとき母の中で揺らぎ始める「母親という役割」について考えていきます。

https://note.com/hapihapi7/n/nb8b9fc3deae0