はじめに


「少し距離を取ってみよう。」

そう思えたのは、子どもを諦めたからではありません。

過干渉でもなく、放任でもない距離を探そうと、これまでの関わり方を見直し始めたからです。

必要以上に口を出さない。
すぐに答えを与えない。
子どもの課題を、自分の課題として抱え込まない。
これまでなら動いていた場面でも、一歩引いて見守ろうとする。

7月までの記事を読みながら、その「距離」を少しずつ練習してきた方も多いでしょう。

ところが、その先で思いがけないことが起こります。

以前よりイライラする。
何でもないことで涙が出る。
子どもの一言に心が大きく揺れる。

「距離を取れば楽になると思っていたのに、なぜ前より苦しいのだろう。」

関わっていた頃は苦しかった。
それでも関わることを減らした今の方が、もっと苦しい。


そんな戸惑いを抱え始めるのです。

関わり過ぎて苦しいのなら分かる。
けれど、関わることを減らしたのに苦しくなる。

この現象は、多くの母親にとって理解しにくいものです。

だから、
「やっぱり自分には見守るなんて無理だった」
「距離を取るという選択が間違っていたのかもしれない」という結論へ向かってしまいます。

けれど、本当にそうなのでしょうか。

この記事で扱うのは、感情を落ち着かせる方法ではありません。

なぜ、距離を取り始めた母ほど感情が大きく動くのか。

その現象を、「失敗」ではなく「構造」の視点から見直していきます。




第1章 距離を取ったのに苦しい─だから「失敗した」と思ってしまう


人は、正しい方法を選べば、問題は少しずつ軽くなると考えます。

体調が悪ければ治療をする。
仕事で問題があれば改善策を考える。
原因に対して適切に対処すれば、結果も良くなる。

それは、ごく自然な感覚です。
だから子育てでも同じように考えます。

「距離を取れば、親子の衝突は減るはず。」
「過干渉をやめれば、自分ももっと穏やかになれるはず。」

その前提があるからこそ、実際には逆のことが起きると戸惑います。

以前より苦しい。
以前より感情が揺れる。
以前より子どものことが気になってしまう。

すると、その苦しさを「結果」として見てしまうのです。

「苦しくなった。」
だから、「やり方が間違っていた。」
「私は変われていない。」

苦しさが残っていることより、「苦しさが残っている自分」を責めることの方が、ずっと苦しい。

「結局、見守ることなんてできない。」
そうやって、自分の選択そのものを否定し始めます。

けれど、この結論には一つの前提が隠れています。
「正しい変化は、最初から楽になるはずだ」という前提です。


もし、その前提自体が思い込みだったとしたら。
もし、距離を取り始めたからこそ苦しくなる現象があるのだとしたら。

今見えている苦しさは、「失敗の結果」ではなく、まったく別の出来事として読み直せるかもしれません。


そのためには、まず「見えているもの」と「実際に起きていること」を分けて考える必要があります。


第2章 見えているのは感情。本当に揺れているのは何か


母が見ているのは、感情です。

以前よりイライラする。
些細なことで涙が出る。
子どもの様子が気になって仕方がない。
「ちゃんと距離を取れているのだろうか」と焦る。

見えているのは、そうした日々の変化です。
だから、「前より感情的になった」と結論づけてしまいます。

けれど目に見えるものだけが、今起きている現象のすべてではありません。

海に浮かぶ氷山は、水面の上に見えている部分より、水面下にある部分の方がはるかに大きいと言われます。

心も、それとよく似ています。
水面に現れているのは、怒りや涙、不安といった感情です。

一方で、水面下では、もっと静かな変化が始まっています。

これまで当たり前のように担ってきた「母」という役割が、少しずつ変わり始めていること。

その役割の中で後回しになっていた感情が、表に出られるようになってきたこと。

そして、長く支えてきた関わり方を変えることで生まれる、小さな喪失感や罪悪感。


こうした変化は、目には見えません。
見えているのは涙なのに、本当に揺れているのは「母」という役割だった。
だから、自分でも気づきにくいのです。

人は、見えているものを原因だと思います。
涙が出るから問題なのだ。
イライラするから悪化したのだ。
苦しいから間違えたのだ、と。

しかし実際には、水面に現れた感情は、構造の変化そのものではありません。

構造が変わり始めたことで、これまで見えていなかったものが、水面へと浮かび上がってきただけなのです。

だから今、向き合うべきなのは、「どうすれば感情を消せるか」ではありません。

まず必要なのは、目に見えている感情だけで、自分の変化を判断しないことです。

ではなぜ距離を取り始めた今、このタイミングで感情が浮かび上がってくるのでしょうか。

次の章では、その時間差が生まれる理由を見ていきます。

◎ここから先は

ここまでは、「苦しさ」という現象を見てきました。

多くの母は、「距離を取ったから苦しくなった」と考えます。
けれど、本当に起きていることは、その逆かもしれません。

苦しくなったのではない。
苦しさをごまかせなくなっただけだった。


この先では、なぜその時間差が生まれるのか。そして、その奥で何が変わり始めているのかを、構造から読み解いていきます。

https://note.com/hapihapi7/n/n0f022a795fcf