はじめに
思春期の息子が何を考えているのか分からない。
そんな不安を抱える母親は少なくありません。
学校の話をしない。
友達の話をしない。
将来の話もしない。
悩みがあるのかないのかも分からない。
聞いても「別に」。
声をかけても「大丈夫」。
会話は成立しているようで、どこか肝心な部分が見えてこない。
すると母親の中に、少しずつ不安が広がり始めます。
本当に大丈夫なのだろうか。
何か抱えているのではないか。
このまま見ているだけでいいのだろうか。
思春期の子育てにおいて、多くの母親が苦しむのは、問題そのものではありません。
むしろ苦しいのは、問題があるのかどうかさえ分からなくなることです。
もし学校でトラブルが起きていると分かっていれば、対応を考えることができます。
友人関係で悩んでいると分かっていれば、支えることもできます。
しかし思春期男子の場合、その「何が起きているのか」が見えなくなります。
何も起きていないように見える。
けれど、本当に何も起きていないのかは分からない。
この曖昧さが、母親を不安にさせます。
実はここで、多くの母親がひとつの誤解を抱えています。
それは、
「息子が心配だから苦しい」
と思っていることです。
もちろん心配もあります。
けれど、もう少し正確に言うなら、母親を苦しめているのは息子の状態そのものではありません。
息子の状態を確認できなくなることです。
これまでの子育てでは、子どもの様子は比較的見えていました。
嬉しいことがあれば話してくれる。
困ったことがあれば助けを求める。
学校で起きた出来事も自然と耳に入ってくる。
だから母親は、子どもの状態を把握しながら関わることができました。
しかし思春期男子は違います。
何も言わない。
何も起きていないように見える。
そして母親は次第に、
「何も起きていない」のか、
「何か起きているけれど見えていない」のか、
その区別がつかなくなっていきます。
今回の記事で扱いたいのは、まさにこの部分です。
なぜ思春期男子は変化が見えにくいのか。
なぜ母親は「何も見えない時間」に強い不安を感じるのか。
そして、見えない時間の中で男子の内側では何が起きているのか。
思春期男子の発達だけではなく、母親が抱えやすい誤解や不安の構造も含めて整理していきたいと思います。
第1章 母親は息子を理解していたのではない
“把握できていた”のである
思春期の息子を持つ母親から、
「何を考えているのか分からない」
という言葉を聞くことがあります。
けれど実は、男子が話さなくなること自体は思春期特有の現象ではありません。
振り返ってみると、多くの男の子は小学校に入る頃から、すでにそれほど多くを語ってはいません。
学校で何をしたのか。
友達とどんな会話をしたのか。
何を感じていたのか。
女子と比べると、もともと母親のもとへ入ってくる情報量は少ない傾向があります。
本人に悪気があるわけでもありません。
単純に興味のあること以外を細かく把握していなかったり、出来事を言語化する必要性を感じていなかったりするからです。
だから実際には、多くの母親は思春期以前から、
「何を考えているのかよく分からない」
を経験しています。
では、なぜ思春期になると急に不安が強くなるのでしょうか。
それは男子が話さなくなったからではありません。
話さなくても分かっていた時代が終わるからです。
小学生の頃の男子も、決して多くを語るわけではありません。
それでも母親は、それなりに状況を把握できます。
学校という枠組みがある。
先生がいる。
友達関係も比較的見えやすい。
習い事や家庭での様子もある。
本人が説明しなくても、周囲の情報から全体像を推測することができます。
つまり母親は、息子本人の言葉だけで理解していたわけではないのです。
さまざまな情報を組み合わせながら、
「今はこういう状態だろう」
という見立てを持つことができていました。
ところが思春期になると、この前提が崩れ始めます。
なぜなら、男子の発達課題そのものが変わるからです。
小学生までの課題は比較的見えやすいものです。
勉強。
友達関係。
生活習慣。
学校生活。
行動として現れるため、周囲も把握しやすい。
しかし思春期になると、成長の主戦場が内側へ移っていきます。
自分は何者なのか。
周囲からどう見られているのか。
将来どう生きたいのか。
男としてどう在りたいのか。
劣等感をどう扱うのか。
所属集団の中でどう立つのか。
こうしたテーマは、外から見えません。
成績表にも出ません。
学校からの連絡にも載りません。
友達の親から聞くこともできません。
そして本人も語りません。
だから母親は初めて経験することになります。
「何も分からない」という状態を。
ここで多くの母親は、
「息子が心を閉ざした」と解釈します。
しかし実際には少し違います。
息子が変わったというより、
母親が頼っていた“推測の材料”が消えていくのです。
これまでは本人が話さなくても分かった。
けれど今は、話さなければ分からない。
そして本人は話さない。
この構造が、思春期特有の不安を生み出します。
つまり母親が失っているのは、息子との関係そのものではありません。
息子を理解しているという感覚です。
そして、この感覚を失ったとき、人は不安になります。
なぜなら私たちは、見えないものそのものよりも、
「分かっていたはずのものが分からなくなること」
に強い不安を感じるからです。
思春期の母親が直面しているのは、まさにその状態なのです。
第2章 母親は信じたいのではない
本当は確認したいのである
思春期の息子を持つ母親は、よくこう言います。
「信じて見守りたいんです」
これは本心だと思います。
頭では分かっている。
思春期は自立の時期だということも。
親がすべてを把握できるわけではないことも。
いつまでも管理し続けることが正解ではないことも。
けれど、実際には不安になる。
つい聞いてしまう。
確認したくなってしまう。
なぜでしょうか。
それは、母親が息子を信じられないからではありません。
確認できないからです。
ここは似ているようで、まったく違う話です。
例えば、
「最近どう?」
「学校はどう?」
「友達とはうまくやっているの?」
「進路は考えているの?」
そんな言葉をかけることがあります。
もちろん母親自身は、心配だから聞いているつもりです。
実際に心配もしているでしょう。
けれど心理的には、それだけではありません。
そこにはもうひとつの目的があります。
安心したいのです。
大丈夫だと確認したいのです。
子どもの状態を把握したいのです。
つまり母親が求めているのは、答えそのものではありません。
「大丈夫そうだ」と思える材料です。
学校の話を聞いて安心する。
友達の話を聞いて安心する。
将来の話を聞いて安心する。
悩みを打ち明けてもらって安心する。
私たちは普段、それをコミュニケーションだと思っています。
けれど構造として見ると、
安心材料の回収でもあります。
これは悪いことではありません。
親であれば自然なことです。
問題は、その安心材料が手に入らなくなったときです。
思春期男子は、母親が欲しい情報をあまり提供してくれません。
聞いても答えない。
答えても短い。
説明もしない。
相談もしない。
すると母親は安心できなくなります。
ここで多くの人は、
「私は息子を信じられていないのだろうか」
と思います。
しかし本質は少し違います。
信じていないのではありません。
確認できていないのです。
そして人は、確認できない状態が長く続くと不安になります。
たとえば電車が遅れているときも、
10分遅れますと表示されれば待てる。
けれど何の情報もなく止まっていると不安になる。
結果が悪いことより、
状況が分からないことの方が人を苦しめることがあります。
思春期の子育ても似ています。
問題があるなら対応できる。
悩んでいるなら支えられる。
失敗しているなら一緒に考えられる。
けれど何も見えない。
何も分からない。
何も確認できない。
この状態が続くと、母親の不安は少しずつ膨らんでいきます。
そしてその不安は、
「もっと話を聞かなければ」
「ちゃんと確認しなければ」
「今の状態を把握しなければ」
という形で現れます。
しかしここで起きているのは、関心の強さの問題ではありません。
情報の欠如による不安です。
だから母親が苦しんでいるのは、
息子が問題を抱えているからとは限りません。
むしろ、
問題があるのかないのか確認できないことに苦しんでいるのです。
そして、この不安が強くなればなるほど、人は「見守る」ことが難しくなります。
なぜなら見守るとは、
何もしないことではなく、
確認できない時間に耐えることだからです。
第3章 不安は事実から生まれるとは限らない
空白から生まれることがある
前章では、母親が本当に求めているのは「理解」よりも「確認」である、という話をしました。
では、その確認ができなくなると何が起きるのでしょうか。
ここでひとつ重要なことがあります。
母親が不安になっているとき、実際には問題そのものを見ているとは限らないのです。
むしろ見ているのは、空白です。
学校の話をしない。
友達の話をしない。
将来の話をしない。
悩みも言わない。
何を考えているのか分からない。
すると母親の前には、大きな空白が生まれます。
本来なら情報が入るはずの場所に、何もない。
何が起きているのか分からない。
状態が把握できない。
そして人は、この空白をそのままにしておくことが苦手です。
分からないものがあると、意味を与えたくなる。
見えない部分があると、推測したくなる。
これは人間の自然な認知の働きです。
だから母親は無意識のうちに、その空白を埋め始めます。
何か悩んでいるのではないか。
学校でうまくいっていないのではないか。
友達関係に問題があるのではないか。
将来に希望が持てていないのではないか。
このまま何もしなかったら取り返しがつかなくなるのではないか。
もちろん、実際にそうした問題が存在することもあります。
しかしここで大切なのは、その問題が現実に起きているかどうかではありません。
まだ何も確認できていない段階で、脳の中だけで物語が進み始めることです。
そして厄介なのは、人間の脳は情報が不足するほど楽観的になるのではなく、悲観的になりやすいということです。
なぜなら、危険を見落とすよりも、危険を過大評価する方が生存には有利だったからです。
そのため私たちは、情報が少ないときほど最悪の可能性を考えます。
つまり母親を苦しめているのは、息子の現実そのものではない場合があります。
まだ起きていない問題。
まだ確認されていない未来。
まだ存在するかどうかも分からない危機。
そうしたものを頭の中で想像し続けることによって苦しくなっていることも少なくありません。
ここで母親自身が気づきにくいことがあります。
それは、
不安は事実から生まれるとは限らない
ということです。
私たちは、不安には必ず原因があると思っています。
だから不安を感じると、
「何か問題があるはずだ」と考えます。
しかし実際には、
問題があるから不安になるのではなく、
分からないから不安になることもあるのです。
そして思春期男子との関係では、この現象が非常に起きやすい。
なぜなら男子は、自分の内側をあまり説明しないからです。
すると母親は、現実の息子と向き合う時間よりも、自分の頭の中で作り上げた息子と向き合う時間の方が長くなっていきます。
まだ起きていない失敗。
まだ起きていない挫折。
まだ起きていない問題。
それらを想像し、心配し、疲れていく。
だから思春期の子育てで起きる不安は、ときに非常に特殊です。
目の前に問題があるから苦しいのではありません。
何も見えないことが苦しいのです。
そして何も見えないとき、人はつい「最悪」を探し始めます。
けれど、そのとき母親が見ているものは、本当に息子の現実でしょうか。
それとも、空白を埋めるために生み出された想像でしょうか。
この違いに気づくことは、とても重要です。
なぜなら思春期男子の成長は、母親が想像している以上に「見えない場所」で進んでいくからです。
ここまで読んで、
「確認できないから苦しいのかもしれない」
と感じた方もいるかもしれません。
けれど、まだ大きな疑問が残ります。
もし本当に息子が何も話さないなら、
母親は何を信じればいいのでしょうか。
何も見えない時間に、
男子の内側では本当に何かが進んでいるのでしょうか。
そして母親は、
確認できない不安とどう付き合っていけばいいのでしょうか。
ここから先は、
思春期男子の発達の特徴と、
母親が手放すべきものの正体について、
さらに深く整理していきます。
https://note.com/hapihapi7/n/nc494077e758d
