「何を考えているかわからない」という違和感の正体
思春期に入った頃から、
息子を持つ母の前に、ある種の「沈黙」が立ち現れます。
会話が減る。
反応が薄くなる。
こちらの言葉が、相手に届いているのかどうかさえ、確信が持てなくなる。
それは、ある日突然起きる出来事というより、
気づいたときには、いつの間にか広がっている変化です。
この沈黙に直面したとき、
母の内側に生まれるのは、単なる寂しさではありません。
「無関心なのではないか」
「何か、壊れているのではないか」
「このまま、もう戻ってこないのではないか」
こうした思考は、
愛情深い母ほど、速く、そして静かに立ち上がってきます。
しかし、ここで立ち止まる必要があります。
この違和感は、
息子の内面を正確に映し出しているものなのでしょうか。
実際にはそれは、
息子の変化そのものというより、
母子関係の力動が組み替えられ始めたことを、母が感知している感覚だと言えます。
思春期の男の子は、
自我の再編成が始まるとき、
言葉による自己開示より先に、心理的距離の確保を選びます。
発達心理学の視点では、
これは自我境界を再設定するための自然な防衛反応です。
他者の期待や視線が、
自分の内側に直接入り込むことに耐えられなくなるからです。
けれど母の側から見ると、
この「距離」は、あまりに不安定に映ります。
それは、これまで共有されていたはずの
感情・情報・思考の回路が、
突然、遮断されたかのように感じられるからです。
母はここで、無意識に二つの誤読をします。
ひとつは、
距離=拒絶だという誤読。
もうひとつは、
沈黙=問題だという誤読。
しかし実際に起きているのは、
息子の異変ではありません。
起きているのは、
母子が同じ心理空間にいられなくなるプロセスです。
息子は今、
母から離れようとしているのではなく、
母とは別の位置で「自分として立とう」としています。
その試みは、
言葉ではなく、距離という形を取らざるを得ない。
この沈黙は、壊れたサインではありません。
それは、分離が始まったサインです。
本稿では、
思春期の息子がなぜ
「語らず」「動かず」「反応しない」ことで
自我を守ろうとするのか。
その背後にある心理構造と家族力動を、
情緒と理論の両面から解き明かしていきます。
第1章|男の子は「言語」ではなく「距離」で自我を守る
思春期の男の子に起きている変化は、
「話さなくなった」という表面的な現象よりも、
ずっと内側で、構造的に進行しています。
多くの母が見ているのは、
沈黙、無反応、鈍さ、やる気のなさ。
けれど実際に起きているのは、
自我の置き場所そのものが変わり始めているという事態です。
◎感情はある。だが、まだ言葉にならない
思春期の男の子は、
感情が乏しくなったわけではありません。
むしろ逆です。
内側では、
焦り、苛立ち、不安、競争心、劣等感といった
強度の高い感情が、同時多発的に生じています。
ただしそれらを
・整理し
・言語化し
・他者に渡す
ための回路が、まだ十分に整っていない。
発達心理学的に言えば、
感情をメタ的に捉え、言葉に変換する機能は、
思春期以降にゆっくりと成熟していきます。
その途上にある男の子にとって、
「どう思ってるの?」
「何が不安なの?」
という問いかけは、
親切というより、過負荷になりやすい。
答えられないから黙る。
わからないから動けない。
処理しきれないから、反応を止める。
これは怠慢ではありません。
未処理の感情が、行動を一時的に凍結させている状態です。
◎内側を見せることが「侵入」になるとき
もうひとつ、見落とされやすい重要な点があります。
思春期の男の子は、
「内面を見せること」を、
安全な共有ではなく、侵入として体感しやすい。
特に相手が母である場合、
その感覚はさらに強まります。
なぜなら母は、
・わかろうとする
・正そうとする
・良かれと思って介入する
存在だからです。
男の子にとって、
自分の未完成な内面を母に見せることは、
評価・修正・指導の対象になるリスクを含みます。
この段階では、
「理解してもらえるかどうか」よりも、
「そのまま置いておいてもらえるかどうか」の方が、
はるかに重要です。
だから彼らは、
語らないことで守ります。
動かないことで閉じます。
反応しないことで、境界を引きます。
◎黙る・動かない・反応しない、という選択
ここで重要なのは、
これらが無意識的であれ、選択として機能しているという点です。
・黙る=これ以上入らせない
・動かない=操作されない
・反応しない=期待に応えさせられない
言葉を使わない代わりに、
距離という手段で、自分の領域を確保している。
この行動は、
母への拒絶ではありません。
ましてや、
愛情の断絶でもありません。
それは、
「これ以上、近づかれると自分が保てない」という切実な防衛反応です。
◎これは拒絶ではなく、「境界線の再設定」である
思春期とは、
親子の心理的距離が再設計される時期です。
子どもは、
親と同一の空間にいながら、
同一ではいられなくなります。
このとき男の子は、
言葉ではなく、距離によって
「ここから先は自分の領域だ」と示します。
母がそれを
「冷たさ」や「反抗」として受け取るか、
「境界線の再設定」として受け取るかで、
その後の関係は大きく変わります。
距離を詰めれば、
彼はさらに奥へ引きます。
距離を尊重すれば、
やがて、言葉が戻る余地が残ります。
沈黙は、関係を切るためのものではありません。
それは、関係を壊さずに分離するための、
彼なりの方法なのです。
第2章|母が“何もしなさ”を不安と誤解しやすい構造
思春期の息子が距離を取り始めたとき、
母の中に最初に立ち上がるのは、
「どう関わればいいのかわからない」という戸惑いです。
しかしその戸惑いは、すぐに別の感情へと変換されます。
不安です。
そしてこの不安は、
単なる心配や愛情の問題ではありません。
それは、母という役割に深く刷り込まれた
認知の枠組みそのものから生じています。
◎「反応がない=危険」「関わらない=放棄」という刷り込み
多くの母は、無意識のうちに
次の二つの前提を内面化しています。
・子どもに反応がない状態は、危険である
・子どもと関わらないことは、放棄に近い
これらは、育児初期においては合理的です。
乳幼児期の子どもにとって、
反応の欠如は実際に危険と直結します。
しかし問題は、
この前提が思春期以降も、
更新されないまま持ち越されることにあります。
発達段階が変わっても、
母の内側の警報装置だけが、
乳児期のまま鳴り続けてしまう。
すると、
沈黙=異常
距離=問題
何もしない=怠慢
という短絡的な認知が立ち上がります。
その瞬間、
息子の距離は「尊重すべき境界線」ではなく、
「修正すべき事態」へと変換されます。
◎距離を取られることで刺激される、母の内的課題
息子が距離を取ることで、
母の内側では、二つの深い課題が刺激されます。
ひとつは、役割喪失感です。
これまで、
気づき、声をかけ、整え、導くことで
母は「母である自分」を保ってきました。
しかし思春期の息子は、
その役割を必要としなくなります。
いや、正確に言えば、
必要としていないように“見える”。
そのとき母は、
子どもではなく、
自分の立ち位置を見失う。
もうひとつは、
コントロール感覚の低下です。
子どもの状態が把握できない。
何を考えているかわからない。
介入しても反応が返ってこない。
これは、
「関係性を管理できている」という感覚を、
根底から揺さぶります。
人は、
コントロールを失ったとき、
それを回復しようとします。
この反応は、
性格の問題ではありません。
心理的な恒常性を保つための、
極めて自然な動きです。
◎不安は「行動」に変換される
ここで起きているのは、
不安そのものが問題なのではなく、
不安が処理されず、行動に変換されるという構造です。
・何度も声をかける
・状況を確認する
・予定や行動を把握しようとする
・正しさや努力を説く
これらはすべて、
不安を減らすための行為です。
ただし、
減らしているのは
「息子の不安」ではありません。
減らしているのは、
母自身の不安です。
つまり、
声かけ・確認・管理は、
愛情の表現であると同時に、
母の内的安定を回復するための行動でもあります。
このとき、
息子の距離は尊重されません。
なぜなら母の意識は、
息子の内面ではなく、
自分の不安に向いているからです。
◎善意であるがゆえに、気づきにくい
ここで厄介なのは、
これらの行動が
すべて「善意」として成立してしまう点です。
心配だから。
放っておけないから。
大事な時期だから。
その理由が正当であるほど、
介入は止めづらくなります。
しかしこの構造を見誤ると、
母は知らないうちに、
息子の「距離という防衛」を
無力化してしまいます。
次章では、
この不安主導の介入が、
親子関係をどのように変質させていくのか。
距離を詰めた瞬間に、
何が起きるのかを、
さらに深く見ていきます。
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ここまでで、
思春期の息子に起きている変化と、
母の内側で不安がどう生まれ、どう行動に変換されるのかは、
かなり明確になったはずです。
それでも、
多くの母はこう感じているのではないでしょうか。
• 理屈はわかる
• でも、沈黙の前に立つと耐えられない
• 気づいたら、声をかけている
• 管理している
• 距離を詰めてしまっている
問題は「理解不足」ではありません。
問題は、不安が動かす瞬間を、どう引き受けるかです。
この先では、
「なぜ、わかっていても動いてしまうのか」
「その一言・その介入が、関係をどう変質させるのか」
「母は、どこで踏みとどまればいいのか」
そのすべてを、
感情論ではなく、心理構造として扱います。
思春期の沈黙を問題として解決するのではなく、壊さずに通過するために。
https://note.com/hapihapi7/n/na172e06049c0
