【思春期】母が抱えすぎ、父が引く家庭で、なぜ子どもの自立は止まるのか


「母が頑張っている家庭」ほど、何かがおかしくなる


思春期に入った頃から、
家庭の空気が、どこか重たくなる。

父は以前より家のことに口を出さなくなり、
母は以前より、子どものことを考え続けている。

・学校のこと
・友人関係
・成績
・進路
・態度
・言葉遣い

「気にしすぎかもしれない」
そう思いながらも、気にせずにはいられない。

気づけば、
家の中の“感情”と“関係調整”のすべてを、
母が抱えている。

そしてこの構造は、
「愛情深い家庭」「ちゃんとした家庭」に見える分だけ、問題として認識されにくいのです。


母の過干渉は「性格」ではない


ここで、ひとつ大切な前提を置きます。

母の過干渉は、性格ではありません。

それは役割であり、
もっと言えば、構造の結果です。

父が違いを理解しない家庭では、
必ず母が間に入ります。

・父の言葉を和らげ
・子どもの反応を説明し
・衝突を未然に防ぐ

この「緩衝材」の役割を、
母が一身に引き受けてきた家庭ほど、
思春期に歪みが表面化します。

母が悪いのではない。
母が“やらざるを得なかった”だけなのです。


家族力動における「三角関係」という安全装置


家族力動論では、
家族は「感情の張力」によって常に形を変えるシステムだと考えます。

誰かが不安定になり、
関係の緊張が高まったとき、
家族はその緊張を二者間だけで抱え続けることができません。

そこで必ず起きるのが、
「三角関係(トライアングル)」です。

本来向き合うべき二者、
たとえば「父と子」が真正面から向き合えないとき、
第三者である母が間に入り、関係を安定させる。

・父の言葉をやわらげ
・子どもの感情を翻訳し
・衝突が起きる前に空気を調整する

この働きは、短期的には非常に有効です。
実際、母が間に入ることで、家庭は一時的に「平和」になります。

だからこそ、この三角関係は問題として認識されにくい。

むしろ、
「よく気のつく母」
「家庭を回している母」
として評価されることすらあります。

しかし、家族力動論が警鐘を鳴らすのは、
この三角関係が一時的な防衛ではなく、恒常的な構造になることです。

三角関係が固定化すると、
家族の中に、次の役割分担が生まれます。

• 父:分からない側/関与しない側
• 子:守られる側/未熟でいられる側
• 母:分かる側/調整し続ける側

ここで重要なのは、
誰かが悪いわけではない、という点です。

父は「どうせ分からない」と引き、
子どもは「母が分かってくれる」と留まり、
母は「私がやらなければ」と立ち続ける。

それぞれが、
システムに最適化された行動を取っているだけなのです。

けれどこの構図が続くと、
家族は表面的には安定する一方で、
成長に必要な摩擦が完全に失われます。

とくに犠牲になるのが、
子どもの「自立プロセス」です。


父と真正面からぶつかる経験。
理解されない中で、自分の立ち位置を探す経験。
そのすべてが、母によって“緩衝”されてしまう。

結果として子どもは、
家族の中では安全だが、外の世界には出ていけない状態に留まります。


心理的分化が止まると、何が失われるのか


発達心理学において、
思春期は「心理的分化」が最も重要な課題とされます。

心理的分化とは、
単に反抗することではありません。

それは、
「親と違う自分になっても、関係は壊れない」
という確信を、体験として獲得するプロセスです。


この確信は、
頭で理解して得られるものではありません。

実際に、

・言い合いになる
・分かってもらえない
・誤解される
・孤独を感じる

こうした“関係の痛み”を通してしか、育たない。

とくに重要なのが、
「父との不一致体験」です。


父は多くの場合、
母ほど共感的ではなく、
説明も少なく、
感情の扱いが雑です。

だからこそ子どもは、
父との関係の中で初めて、

「分かってもらえなくても、自分は自分でいていい」
「否定されても、世界は終わらない」

という感覚を身につけていきます。

ところが母が、
このプロセスに先回りして介入するとどうなるか。

・父の意図を説明する
・子どもの傷をすぐに癒す
・衝突が起きる前に場を整える

その結果、
子どもは“分化の痛み”を経験する機会を失います。

これは優しさの問題ではありません。
発達課題の未完了です。

痛みを知らないまま成長した子どもは、
外の世界で初めて拒絶や摩擦に出会ったとき、
想像以上に脆くなります。

・失敗に耐えられない
・評価に過敏になる
・人間関係で過剰に傷つく

これは、
能力や性格の問題ではなく、
分化が途中で止まった結果です。

母が悪いのではない。
むしろ母は、
子どもが傷つかないように、
必死に守ってきただけです。

けれど思春期において、
「守ること」と「育てること」は、
必ずしも一致しません。


心理的分化が必要とするのは、
完全な理解ではなく、
理解されない時間を、一人で耐える余白なのです。


ここまで読んで、
「自分の家庭に、あまりにも当てはまっている」と感じた方へ。

もし今、
・なぜこんなに苦しいのか
・何がズレていたのか
・でも、どうすればいいのか

その答えを、ここから先で扱います。

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「母が抱え、父が引く」とき、
家族の中で本当は何が起きているのかを、
構造として、具体的に解き明かしていきます。

https://note.com/hapihapi7/n/n7e4b1138f034