【思春期】「言わない痛み」と「手放す痛み」ー母だけが抱える役割転換のストレス

思春期に母が抱えるストレスの正体
―それは「役割の変わり目の痛み」



思春期の子どもを持つ母親の多くが
「言わないほうがいいとわかっているのに、つい口を出してしまう」
「言わないように我慢しているのに、胸の奥がずっと苦しい」
そんな二重のストレスを抱えています。

実はそのストレスの根本には、
母という役割が、
大きく「切り替わるタイミング」に差し掛かっていること が関係しています。

つまりこれは失敗ではなく、
自然な「役割の変わり目の痛み」なのです。


なぜ“言いたくなる”のか


理由:責任の置き場所がまだ「母側」に残っているから

多くの母親は、子どもの小さい頃から
「母の働きかけが子どもの結果をつくる」という旧ルールで育ってきました。

• 言うことを聞かせる
• 先回りして困らせないようにする
• 親の努力=子どもの成果
• 失敗は「母の責任」

この世界観では、
“言いたくなる”のは当然の反応 です。

なぜなら
「言わなかったら失敗させてしまうかもしれない」
「母が止めなければ傷つくかもしれない」
そう感じてしまうから。

責任の置き場所がまだ親にある限り、
母は自動的に“指示するモード”に戻ってしまう。

これは弱さではなく、長年の習慣と役割の残像です。


“言わないのに苦しい”のはなぜか


▼理由:「見守る=放置」という誤解があるから

思春期になると、
「言わないほうがいい」
「自分で決めさせたほうがいい」
という知識は持っている母親がほとんどです。

しかし、いざ実践しようとすると胸がざわつく。

• 何も言わない自分は冷たいのでは?
• 無関心な親のように見えるのでは?
• 見守るとは、何もしないことなの?

この“見守り”の定義が曖昧なままでは、
黙っている時間が罪悪感に変わり続けます。


本来の見守りとは
「介入を手放しつつ、必要なときに応答できる余白を持つこと」。
放置とは、ただ無関心でいること。

この違いが身体感覚としてまだ定着していないため、
言わないことが“痛み”になるのです。


背後にある古いルール:「母の働きかけが子の結果を決める」


この旧ルールは、昭和~平成初期の子育ての中心にありました。

• 学校でも
• メディアでも
• 社会でも

「母親がしっかりしていれば子どもはうまくいく」
「子どもの行動は母の鏡」
と繰り返し言われ続けてきました。

その影響で、
子どもの行動=母の評価
という構造が、今も心の奥で生き続けています。

だからこそ、
思春期の「自立の揺れ」を前にすると
母の内側では、旧ルールと新ルールが衝突します。

• 言わなきゃ → 旧ルール
• でも言わないほうがいい → 新ルール

この板挟みが、母の疲労感を何倍にも増幅させるのです。



では、母はどう切り替わっていけばいいのか?

―ここからが“回復の視点”です―

思春期は、母が
「コントロールする役」から「伴走者の役」へと、ゆっくり役割を移行していく時期です。

ポイントは以下の3つ。

① 責任の置き場所を“子ども側へ”そっと移す

「結果に責任を持つのは本人」
という前提に切り替えるだけで、母の言いたい衝動はすっと弱まります。


② 見守り=放置ではない、と知識ではなく“感覚”で理解する

見守りとは「距離は取りつつ、応答は可能な状態」を保つこと。
この定義が腑に落ちると、沈黙が不安ではなくなります。


③ “母の働きかけが結果を決める”という旧ルールを卒業する

母の努力が子の行動を決める時代は、小学校後半で終わりを迎えます。
ここを意識的に手放せると、思春期のストレスは劇的に軽くなります。





思春期の母親が感じるストレスは、
「我慢が足りない」「愛情が足りない」からではありません。

役割が変わろうとしている“痛み”を受け取っているから。


この痛みは、
あなたがちゃんと母としてやってきた証拠でもあります。





ここまで読んでくださったあなたは、
「どうすればいいか」より先に、
「なぜこんなに苦しいのか」という問いに、
すでに答えが必要な段階に来ているはずです。

思春期の母のしんどさは、
声かけ一つ、距離感一つといった
テクニックの問題ではありません。

それは
・母子の役割がどう書き換わっていくのか
・責任の位置がどこからどこへ移動するのか
・なぜ過去の記憶まで疼き出すのか
という、構造と心理の問題だからです。

この先の有料部分では、
✔ なぜ思春期が「第二の誕生」と呼ばれるのか
✔ なぜ母の過去が、この時期に限って浮上するのか
✔ なぜ「手放そう」とするほど苦しくなるのか
✔ どうすれば“放置”ではなく“伴走”へ移行できるのか

これらを
発達理論・心理構造・家族力動の視点から、
感情論ではなく、腑に落ちる形で言語化していきます。

「私が弱いから苦しいのではなかった」
「これは通過点だったんだ」

そう理解できた瞬間、
思春期の子育ては、
少しずつ“耐えるもの”から“整えていくもの”に変わります。

ここから先は、
そのための視点と地図をお渡しするパートです。

https://note.com/hapihapi7/n/n26f0a0a758b7