子育てとキャリア。
そのどちらも「人生の大切な軸」でありながら、両立させようとすると、
どうしても一方がもう一方の“足かせ”のように感じられてしまう瞬間があります。
ここでは、子育てとキャリアの狭間で揺れる葛藤と苦心について、
心理・社会的側面から丁寧に言語化していきます。
子どもを最優先にしたい。でも、自分の人生も大事にしたい
母としての責任と、個人としての欲求。
このふたつが常にぶつかり合うのが、子育て期のキャリア形成です。
「子どもが熱を出したから仕事を休む」
「保育園の呼び出しが怖くて責任ある仕事に手を挙げられない」
「本当は昇進したい。でも、子どもとの時間を犠牲にしてまで?」
それは決して“甘え”でも“わがまま”でもなく、
「誰かを守る責任」と「自分の未来への責任」がぶつかり合う葛藤なのです。
世の中の「両立神話」に自分を当てはめて苦しくなる
SNSでは「子育てもキャリアもバリバリこなすママ」が賞賛されがちです。
でも、それはほんの一握りの表面にすぎません。
実際の両立は、完璧に回る日なんてほとんどなく、
どちらかに後ろめたさを感じながら、なんとか毎日を乗り切る日々です。
「もっと頑張れば両立できるはず」と自分を責めてしまうのは、
無意識に“理想像”を背負わされている証かもしれません。
本当の葛藤は、「子どもへの愛」と「自分への忠実さ」の間にある
子育てとキャリアの葛藤は、
単なる「時間やタスクのやりくり」ではありません。
その深部には、こうした問いが潜んでいます。
「私は“いい母”でいたい。だけど“私自身”でもいたい」
「子どもの成長を見守りたい。だけど、自分も前に進みたい」
「私が我慢すれば、すべてがうまくいく気もする。だけど、それでいいの?」
これらの葛藤は、まるで自分の中にふたりの人格がいるように、心を引き裂いてきます。
苦しみの中で、母は「自己定義」を問い直されていく
葛藤とは、「揺れること」であり、「迷うこと」。
でも、その迷いの中で、母は必ず自分を深く見つめ直します。
「私は誰として生きたいのか」
「この選択は、10年後の自分を裏切らないか」
「子どもにどう見られたいか、ではなく、自分にどう誇れるか」
子育てとキャリアの間で揺れるその道のりは、
“母であること”と“人として生きること”の再統合の過程でもあるのです。
最後に──「どちらか」ではなく「どう折り合いをつけるか」
この葛藤に、明確な正解はありません。
でも、選び続けること、その都度立ち止まって考えることが、あなたの人生の証です。
「子どもがいたからできなかった」
「キャリアを選んだから、子どもに申し訳ない」
そうやって“どちらかを犠牲にした”と考えるのではなく、
「限られた条件の中で、自分なりの最良を模索し続けた」
「その中で、私はたしかに“自分の人生”を生きた」
そう語れるように、折り合いをつけながら進むことこそが、
現代を生きる母たちの、静かで力強い生き様なのだと思います。
