『普通だったら鬱になってもおかしくないんですよ』



先日
お会いした ある方から
こんな言葉をいただきました


それは
娘のことを乗り越えてきた
わたしに対しての
励ましであり 
労いであり
とても心のこもった
優しい言葉でした


そして改めて
色々な想いを振り返り


ここまできた自分の
覚悟にも似た
心構えに
自分自身 気付いたことがありました


***


鬱から抜け出して
4年ほど経ちます


あの頃のわたしは
自分の人生を丸投げし
鬱の影で その被害者となり
病院に お医者さまに 薬に
依存して生きていました


抜け出すきっかけは
父の死でした

『自分の人生を自分で生きなくてどうするんだ?』と

心の底から
湧き上がる想いを力に

『自分で抜け出す』と決意しました



たくさんの薬を飲みながら
本当は気付いていたんです

自分が甘えていること
このままでは 治らないこと

この病を治せるのは
自分しか居ないこと


でも
父の最期
この手に命のバトンを
しっかり受け継いだとき
『その覚悟』は出来ました


『もう鬱は やめる』 ……と


そして


もう二度と わたしは わたしを 
『鬱に しない』 …と


***


その後
娘が
先天性の心疾患を持って産まれ


心が折れそうになったこと
数え切れないほど ありました


でも
わたしは
あの時の『覚悟』を胸に
前を向いて 一歩一歩
たくさんの想いを噛みしめて
歩んできました


だから

どんなことがあっても

もう二度と

自分を 鬱には しないんです


***


可愛い子供たち という
かけがえのない宝が あります


それを守る 義務があります


でもそれ以前に
わたしは わたしの人生を
わたしの意志で 生ききる責任があります


わたしの人生を守れるのは
わたししか 居ないんです


そのために
『すること』『しないこと』を
自分で決める


そこを軸として
『選んで』いくことが


『人生の手綱を握る』ということ
『自分を生きる』ということ

……だと わたしは想います




決して『強さ』は必要ありません


そして『しなやかさ』は
結果として ついてくるものです


大切なのは
どんなときも
『自分を一番大切にできる心』に戻ること


***


ちょうど昨日で
娘の手術から2年が経ちました

2年前の記事↓↓↓
右矢印手術の実施


生きた心地のしなかった日々も
今のわたしにとっては
沢山の感情を味わい
沢山の自分と向き合った
彩りのひとつです


そして
今を生きる『糧』にもなりました