手術の延期で見えてきた
自分の心の弱さへの恐れ
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今日は少し
今の気持ちを…


度重なる手術の延期に
落ち込む気持ち…約20%

じゃあ、残りの80%は?

実は「安堵感」
…だったりする


生きる未来が「ある」ことが
前提だけれど

その手前に待ち構えている
「手術」という名の「関門」は
あまりにも衝撃的すぎて…

術後、一時不安定になる容態を
そして
また沢山の機材が
小さな身体に
所狭しと繋がれる光景が
待ち受ける現実は
あまりにも険しくて

避けては通れぬ道だと
分かっている

それでも
心が木っ端みじんになることが
分かった上で
壁に突進することを
拒否する自分が
常に居る




自分が代わってあげられたら…と
どんなに
想ったことだろう

それが叶わないからこそ
自分の非力さに
何度も何度も
打ちのめされた

目の前の
小さな命に
自分がしてあげられることが
あまりにも少なくて
「母」という響きに
恨めしささえ覚えた

流れ落ちる涙は
わたしの弱さしか表さず
枯れるものなら
早く枯れて欲しいと望んだ

きっとこの想いは
何度経験しても
「慣れる」ことなど
無いだろう

痛みを忘れる肉体の様に
心も鈍感になるならば
どれだけ生きやすくなることか

手術の成功より先に
乗り越えなければならないのは
自分の弱さへの恐れ
なのかもしれない