私は自分の考えを
手放すのではなく 理解します。
そうすると 考え方のほうが
私を手放してくれる 感じがあります。

おはようございます。

今朝は
バイロン・ケイティの
「ザ・ワーク」の一節から

「手放す」ということは
自分の意志を持って
起こす行動だと
思っていました

そして
自分の気持ちに
向き合い
蓋をした さらに奥にある
本当の気持ちに
向き合う度に

自分を苦しめている
思い込みや執着を 見つけては
なんとか「手放そう」として

そこでまた
新たな葛藤なんかも
生み出して

気づいたものに対して
「私が何とかしないと」って
なりがちだけれど

それさえも
「思い込み」なんだって

出来事に反応する
感情だったり 考え方は

その奥にある
わたしの望みに
一度「気付く」ことで
わたしが「理解」できれば
きっと また繰り返し反応することさえ
「ただ起こっていること」と
捉え方が変わるから

それがもう
「手放した状態」に
なっている

だから そこでまた
「何かしなきゃ」って
なる必要は無くて

「そういうパターンなんだ」 って
思えたら
それで いい

そこで一度
○を付ければ いいんだと

この本では
「4つの質問」を通して
「パターン化した考え方」の 奥にある
「思い込み」に気付いていきます

幾重にも装備していた
「思い込み」の鎧
まだまだあるようです

少しずつ外していく
この経験も
大切に 向き合っていこうと
思います

今朝もお読みいただきありがとうございます。


しほこのブログ