幸せになることに 責任を持つ
人生に責任を持つ は
少し 重くて 窮屈だったけれど
幸せになることに だったら
出来そうな気がする
いばらの道の先にしか
無いと思っていた
「シアワセ」
だから
ずっとずっと
いばらの道を
歩いてきた
「シアワセ」 を 求める わたしは
「シアワセ」 じゃない わたしで
でも
「シアワセ」 じゃない わたしの
先にいる わたしは
「シアワセ」 じゃなかった
「シアワセ」 は
突然
降ってくるものでも
与えられるものでも
贈られるものでも
譲られるものでも
起こるものでも なくて
今 「シアワセ」 であるための
選択を 繰り返すもの だった
どんな 些細な事でも
「シアワセ」 な わたしなら
どっちを 選ぶか
その選択に 関心を持ち
意思を持ち 責任を持つ
そこで
妥協するから
言い訳が 生まれ
誰かのせいに する
「シアワセ」 は
わたしが 決めていい
わたしが なっていい
いつからだって 遅くない
今 この瞬間だって
沢山の 「シアワセ」 が
あるんだから