助産院に4年半も勤めた理由 | さらけ出しの安心美学

さらけ出しの安心美学

ホメオパス、助産師をしています。
&好きなもの
猫、ベリーダンス、ローフード、フェアトレードなど配信してます。

今年(2016)4月まで助産院に勤めていました。約4年半もの間です。

勤めてみてわかったこと、見えてきたことはたくさんあるのですが、

「たったひとつだけ挙げて」と言われたら。。。

「お医者さんの気持ちが手に取るようにわかるようになったこと」

ですかね。もう何があっても悪口を言えないようになりました。
そのための4年半という試練だったと言っても過言ではありません。


助産院というところはどんなところなのか、

百も承知!だったのですが、

短期間ではなく、いざ腰を据えてみると本当に骨の髄まで染み渡ることがありました。

それは

「お医者さんがとてもありがたい存在だということ」

いえね、頭ではわかっていました(今となってはつもり、でした(^^;;)

外では絶対悪口を言わなかったし、
講義の時も絶対口にすることはありませんでした。

だってクライアントさんや妊婦さんに
緊急時には病院に行ってもらわないと困るから。

でも腑に落ちていなかったんです。心の奥底では「ロクなことをしない邪魔な奴」とか
「女性の気持ちのわからないとんでもない奴」くらいにどこかで思っていたのだと思います。


お医者さんがありがたい、と思うようになったのは
助産院で母子が切迫した状態に陥ったとき、

お腹や会陰を「切って」と言ったら切ってくれるし、
「出して!」(赤ちゃんをね)と言ったらすぐさま処置をしてくれる
ありがたい存在なのだということがわかったときです。

助産院というところは窮地に陥ったとき、自分たち(つまり助産師だけ)でなんとかしなければならない。あるいはその手前で医療機関に受け渡しをしなければなりません。

ホメオパシーやマザーチンキに助けられて窮地を脱したことも多々ありますが、

それでもどうにもならないことがある。

病院というところは(つまりお医者さんのいる)なんてありがたい存在だったのか。

つくづく身にしみました。

それと同時にお医者さんたちの肩にかかるプレッシャーをも手に取るようにわかってきたのです。。。

「お医者さんはなんでもすぐに手を出したがる(薬やメスを使いたがる)けど、本当は自然分娩を望んでいるのではないだろうか・・・」

昼夜エンドレスに続く仕事に心身ともに疲れ果て、
ほとほと嫌気がさしていたとき、
ふとこんなことが浮かんできました。

夜の仕事がしんどい。お医者さんだって、夜にメスを持ちたくないんじゃないか、じゃあその前に何か手立てを、と思うのは人間として普通のことなんじゃないだろうか。

なんだか自分の中で勝手に「和解」をした瞬間だったんのです。


じゃあ助産院なんかなくて、病院だけがあればいいじゃあないか、

という声が聞こえてきそうですが、

便利なものが近くにありすぎる、というのも人間にとってまた困り者なんです。

このあたりのお話はまた別の機会に触れたいと思います。

お読みくださいましてありがとうございました。