7月10日 日曜日。
朝から、マンションに導入されるJCOMの説明会に行き、その後メロンを持って実家へ。
父は、私が来ると起きて待っていたらしいが
タッチの差で寝てしまっていた。
介護職一筋の友達に聞いたら、認知の人の脳は常にパニックをおこしてる状態なので疲れて寝てしまうんだそうだ。
「食欲があって、食べれてる間は大丈夫。食べれなくなったら危ないよ。私は何人も看とってる。」と、アンジェリーナジョリー似の友人が頼もしくきっぱりと言った。
「メロン食べますか?」と聞いたら、ゾンビ並みにガバッと起きて「食べる‼️」
83歳の腹筋もなかなかのもんだ。ピラティスできるかも。父がわしわしメロンを食べている間、私は母と話があった。
そもそも、父は施設に入所していた。
常に脱走の機会を伺って家に帰りたがっていた父が、一カ月たった時「娘さんを見送りましょうね。」との職員さんの言葉に笑顔で手を振った。
衝撃だった。
その頃、毎日母の来るのを待ちわびていたはずだったのに「お前、もう帰ったらどうや。」と言った。その時、母のスイッチが入ったんだと思う。
そこからが素早かった。
応接間のシャンデリアをLEDの照明に変え、エアコンを新調し、レンタルベッドを入れ、簡易トイレを置いた。
79歳の母の老々介護を、私は反対した。でも、もう母は止まらない。昔から暴走癖がある。
一度ゴルフにハマった時は、ゴルフバックを担いで1キロ先の打ちっ放しに毎日自転車で行っていた。毎日‼️家でも練習を重ね、スイングクイーンとなった。
そういえば父は短気で難しかったが、母の暴走を止めた事は無かった。
結局、終日家にいるのは火曜日と日曜日だけ、木曜と金曜はショートステイでお泊まり。土曜日はそのままデイにいくの3日間母はゆっくりする事が出来る。…はずだった。3ヶ月経った今、ショートステイが月に2回だったことが発覚した。
私は母の身体の事を考えるから、「毎週にする約束だったのに!」と怒る。。母は、「私は全然しんどくないし、実際3ヶ月やってきた実績がある❗️お泊まりさせると脱水症状気味になったり、ちゃんと見てもらえないから、お父さんが可哀想。私が見てあげたい。」と譲らない。
決して仲のいい夫婦ではなかった。家庭内別居だったし、2人で出掛けた事なんか無い。
一度旅行に行った時、部屋から電話をかけてきて、「お父さんと同じ部屋で寝るの嫌だから、そっち行っていい❓」と懇願されたがお断りした事もある。夫婦は不思議だとしみじみ感じる。
でも、私は1人で子供を育てているので会社を辞める訳にはいかない。
子供が大きくなったところで、自分の生活のために一生働く必要がある。ましてや父と母の事も見て行きたいと思っている。
最近、会社で大事な仕事を任せてもらえるようになった。定年までしっかり働いて、出来ればその後も働いて、子供や孫や父と母に色々してあげたい。
だから、ここで母に倒れられる事は避けたい。
無理はして欲しくない。無理じゃないと本人は言うけど、79歳という年齢を考えて欲しいと今回は譲らず喧嘩を続けた。
最後に「解りました。心がけます。」と言った。
ちょこんと座って、下をむいていた。初めて見る感じだった。
ふと、「千葉にお墓詣りに行きたい。」と言った。
私も数日前からから、それを考えていたので
「9月になって、仕事がひと段落ついたところで連れて行ってあげるよ。」と言ったら、スイッチが入ってテンションMAXになった。
母の姉妹はみんな関東にいるので、なかなか会えない。
それを聞いてからの行動も早かった。電話をかけまくり。妹と、はとバス乗ろうとか色々計画を立てている。
私は「お母さんと姉妹が行きたい所、したい事したらいいわ。私は添乗員に徹するから。」と言っておいた。
悪いね〜悪いね〜と、いいながら父の4泊のショートステイを決めた。おいおい、と思ったけど、嬉しそうなので言うのやめた。
帰るとき、父の部屋にいくと、ベットに横になったまま目を開けてブツブツ言っていた。
「帰るよ」と声をかけると「帰る?帰るって何や?」とイラっとしたように睨んだ。
「さっきメロン食べたやろ?あれ、まるぷくが持ってきてんで。また、美味しいもん持ってくるね。」と言うと「ああ、そうやったそうやった。ありがとう。美味しかった。またな。」と笑顔になった。
母が育てているカサブランカが咲いていた。
カサブランカは、母の身長と同じくらい。紫陽花は、母の身長を超えている。
この後私はシェフ美ちゃんと、若手シェフの結婚祝いのお肉祭りに突入する。

