漠然と考えていたことに、少しだけ気づきがあった気がするのでツラツラと書いておこうかなひらめき電球まぁ考えとか思いなんてすぐに変わるから、また違うこと思いはじめるかもしれへんけどあせる



今の自分、今までの自分を振り返ってみると、いつもどこかに「劣等感」があったように思うガーンなんの根拠もなく、自分は周りの人より劣っていると思っていたし(それは今もあるか…)、周りの人に嫌われてるんじゃないか、嫌われるんじゃないかと、いつもビクビクしながらも、そう思っていることが表に出ると「卑屈な人」に見えて余計に嫌われるんじゃないかと思って、いつも「平気」な顔を演じていたし、「普通」であるように努力していたと思う汗


特別何かがあったわけじゃない。両親からはたっぷりと愛情を注いでもらったと思ってるし、各時代にそれぞれ友達もいたし。そんな中で基本的にマジメなうちはむりやり「ポジティブ」な人間になろうとして、自分自身すら騙し騙しやってきたんやなーと思うしょぼん


少し気になって調べてみたら、やっぱり「劣等感」と「コンプレックス」は別物だそうな。これはうすうすそんな気がしてた。


うちにとっての「コンプレックス」は、身長が低いこと、靴のサイズが小さいこと、字が汚いこと、運動神経のなさ、体がかたいこと…言い出したらキリがないショック!そして、少し前までは、それらに触れられることがイヤでたまらなかったメラメラ足が痛くなって出血してても、ケガをして足の親指の爪が剥がれたときも、常にヒール靴を履いていたのは、そのコンプレックスを少しでも隠したい心理が出てるなーって思う汗


いつからか、それをいじられてもあまり傷つかなくなったクラッカー…正確には楽しくはなかったりあんまり言われるとイヤな気持ちになることもあるけど、自分を否定するような気持ちにまではならなくなったアップブログタイトルにもしちゃたくらいやしアップ


何がきっかけなのかはさっぱりわからへん…汗たぶんきっかけなんてなくて、(思い込もうとしているわけじゃなく)心から「それが自分」って思えるようになったら、認めてあげられるんやろうなー。



そう考えるヒントをくれたのが書道家:武田双雲さん。うちの心の中では双雲先生と呼んでるけど。彼のブログに「魔法の言葉」として「ダカラコソデキルコト」っていうのがあった。


・身長が低い + ダカラコソデキルコト → 原色の服を着ても派手じゃない!特徴的なので覚えてもらいやすい!

・靴のサイズが小さい + ダカラコソデキルコト → 人気の靴も売り切れない!脱ぎ散らかした靴もおもちゃみたいでかわいい(笑)!


とかね。まー、こじつけじゃない?って気もゼロではないけど…双雲先生の魔法の言葉で、なんかがすごい腑に落ちたというかスッキリした晴れまだ片付いていない、残りのコンプレックス達と、モヤモヤどうしようもなくまとわりつく劣等感も、いつか同じようにスッキリ腑に落ちるときがくる気がするニコニコ



劣等感についてはもう人生のほとんどを共にしてきた感情やからねー…削除するのではなく、ダカラコソデキルコトで、ステキにリサイクル(?)してあげられたらいいなぁ合格