11月になってしまったけれど、玲ちゃんの誕生日同様、10月はいろんなことがありました。
この写真。
玲ちゃんバースデーの翌日の運動会の休憩時間でした。
運動会では、玲ちゃんは年長なので、組体操、リレーと大きな競技をこなしましたぁ。
ダドゥくんはかけっこ、たまいれ。
そして二人とも親子競技があって、ダンスもありました。
私は玲ちゃんの方で運動会係だったからちょいちょいお仕事もあり・・・あっという間に時間は過ぎ。
ボウまで未就園児競技があったからほとんどの種目に我が家は関係してました。
大忙しだ。
玲ちゃんの組体操はハラハラドキドキ。
でもちゃんと一人体操もこなし、扇やピラミッドも無事成功し、一番上に乗る人だったから大丈夫かなぁ~なんて
心配したり。でもすごく幼稚園の3年間での成長が形としてあらわれた種目で感慨深かった。
うるっときた。
リレーは・・玲ちゃんはスターターだった。
もうこれはドキドキしすぎた。私が。
声を出して応援しようものならなんだか私がいっぱいいっぱいで涙があふれてくるし・・・
親バカだけど・・・すごく上手な走りをしていたし、早かった!!
転ぶかも?なんて心配していた私をよそに猛スピードで駆け抜けていった我が子でした。
これまた成長!
ダドゥくんは運動会の最初から真面目顔ばかり。
どうやら根本マジメな性格らしく、きちんと競技をしなきゃという気持ちでいっぱいだったよう。
カメラをむけても最初の頃はニコリともしない。
普段とは全然違って、ビックリ!
ビデオカメラにしっかり証拠が残ってます。
一生懸命取り組む姿はエライなーってわが子ながら感心!
また年少の時よりもずっとお兄ちゃんになったね。
ボウは今は四六時中、お菓子!!と言い続けてる子なので運動会も大半お菓子食べてました。
本来ならうちのパパとママが来てくれる予定だったのですが、これず、それでもボウはお菓子食べつつも、
親の綱引きでダンナ様と私がそれぞれ玲ちゃんクラスとダドゥクラスで対抗になったとき、二人そばにいなくても
お友達ママとお利口に応援してくれてました。
ありがとう。
・・・そして、うちのパパとママが来れなかったのは・・・
実は、運動会の前日、玲ちゃんのバースデーでもある日でした。
私の祖父が急に亡くなりました。うちの両親は玲ちゃんのバースデーの前日北海道にむかっていました。
突然すぎて、もうなにが現実で・・・なにがどうなってるのか、私はあたふた。
悲しすぎてどんどん涙がでてくるし、電話で祖父の状況をママから聞いて泣いてしまったり・・。
子供たちになんでママ泣いてるの?
と聞かれてしまうほど。必死になんでもないよ、と言っても涙はあふれるばかりで。
とはいっても、玲ちゃんのバースデーにうちのママも一緒に祝おうと言っていたのに、突然これなくなったり、
運動会にも誰もきてくれないし、、子供たちもただならぬ状況をうすうす感じてはいたとは思います。
亡くなる数日前まで大好きなゴルフもしていた祖父。
90歳という年齢だと大往生と言われるかもしれないけど、それでも悲しすぎです。
一か月近くたってもまだ本当なのか信じられず。
玲ちゃんたちからしたら曾おじいちゃん。
急なことではあったけど、運動会の後、北海道にむかいました。
玲ちゃんのお誕生日の日、北海道いきの準備をするため、まだ衣替えもしていない衣類を
コンテナーからひっぱりだしたり、たまに放心状態になってみたり・・・私は一人であたふたしてました。
運動会の後、羽田にむかう車も渋滞に巻き込まれないように・・・ダンナ様も必死で、空港に無事ついて、弟家族と合流して、飛行機で千歳に着いたら着いたで、お通夜に間に合うためにはコレと調べていた、小樽いきのライナーを逃してはいけないと、スーツケースが出てくる前に子供たちを連れて私と義妹と姪っ子甥っ子はライナー乗り場に走って・・・
ちびっこ6歳4歳3歳2歳1歳はあわてる私たちに必死についてきてました。
ダンナ様と弟はスーツケースをもって階段かけおりて、なんとか目標のライナーにみんなで無事乗り込めた!
着いてからは本当に信じられない気持ちで祖父の遺影を眺めてました。
なんとも悲しい気持ちだったけれど、祖父の偉大さをしみじみ感じました。
小さいころからの祖父と過ごした思い出も色々思い出して・・・懐かしいやら悲しいやらです。
正直、まだ信じられないので日々の生活の中でふとした瞬間に祖父のことを思い出すとまだまだ
涙があふれてしまいます。
もっと色々話すことがあったんじゃないかな。おじいちゃん孝行できてたのかな。。
北海道から帰る空港で、つい祖父が東京に出てくるときにいつもたくさん買ってきてくれていた
ロイズの生チョコレートを手にとって買ってきました。
やはりさみしい。。
