先日ヒプノセラピーのデモンストレーションのようなものを受ける機会があった。

ヒプノセラピーは催眠により、潜在意識にアクセスするセラピーである。

今回は母親の胎内にいるときの記憶を呼び起こすというテーマで、

ひとりのセラピストが60人の観客を相手に誘導し、集団催眠をかけた。

うまく誘導に乗って催眠に入れた方も居たようだが、あいにく私は隣席の方の呼吸音や場内を走り回るこどもの足音などに気が散り、誘導に乗れずにいた。

自分の胎内記憶がどんなものか楽しみにして来たが、こりゃ今日は無理だな、とあきらめた瞬間である。

真っ暗な視界に、不意に、聖母マリアと思しき姿が白く浮かび上がった。

誘導では今見えるべき姿は現在の自分であるはずだが、どう見ても私には見えない。マリア様だ。

いや、単なるマリアではない。マリア観音だ。
あれはいつか何かで見た長崎の岬に立つ真白いマリア観音像だ。

私は長崎にもマリアにも縁も所縁もないはずで怪訝に感じた。

マリア観音から

「長きに渡るつらい役目を与えました。よく果たしてくれました」

と労いのメッセージを頂戴した。

どうやら西暦2000年代の時代に合わせて、今世が私の役目の総仕上げのタイミングになっていたらしい。

この今世の仕上げのためには入念な準備が必要で、前世どころか、前々前世だか、気が遠くなるような昔から、天は余念なく準備をしてきたらしい。すべてはこの新時代のために。

私は何代もの前世のなかで、すべてのチェックポイントを通過し、戦いの伏線を網羅し、与えられた任務を完璧に遂行したようだ。自覚はないが。

今世の役目とはおそらくアレだな、という心当たりは無きにしもあらずだが、心当たりはハズレかもしれない。確証は何もない。

とにかく役目は果たせたらしいので、私の役目が何だったのか確証は持てなくても、それはそれでまあ良いか。知らぬが仏ということもあろう。

役目が果たせたのなら、今世の余生は楽隠居生活のお許しが出たと解釈する。