西城秀樹さんとの想い出~追悼①~ | mingoの「あの時、あの歌」ひとり語り

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歩くジュークBOXと呼ばれる
ほど、歌が大好き!
いつでも、どこでも
歌を口ずさむ私 (^^♪
大好きな歌、日常のこと
色々呟きます。

お葬式が終わって。

 

日が経つほどに・・・どんどん

淋しさが、悲しさが増してきました涙

何度も、書いては直して・・・

やっと、アップ出来るまで

気持ちが落ち着きました・・・。

 

西城秀樹さんがデビューされた年。

私は12歳でした女の子。

(あら、年齢バレバレですねあせる

 

ワイルドなのにとても優しい^^

私にとって、ヒデキはこんなカッコいい

お兄さんがいたらどんなに嬉しいかビックリマーク

という、憧れの存在でした。

(いつも通り、ヒデキと呼びます星)

 

ひろみも、五郎も・・・三人とも

甲乙つけがたく、良い歌は良いビックリマーク

お三方、皆さんが好きでした。

 

いつも、一つ下の従妹と、会えば

新御三家の話題❤ラブ❤このレコードは

私が買う、じゃあ、これは私が買うね^^

 

明星・平凡も見せあって、付録の

ポスターは、お互いのお気に入りを

交換し合う!! 毎月、発売日を

心待ちにして、新曲が出る時は

歌本で何度も何度も、詞を読んで

歌を練習してました音譜

あの頃、本当に楽しかった~音譜

 

和歌山でのコンサートには必ず

一緒に行きましたビックリマーク

ヒデキのコンサートにも、何度か

行きましたが、見つかった半券は

1975年(昭和50年)の一枚だけあせる

 

ヒデキとの、一番のそしてたった一つの

思い出は「ちぎれた愛」が発売された

年のコンサートに行った時。

1973年の事でした矢印の2年前はてなマーク

 

県民文化会館のステージはもうメラメラメラメラ

警備のお兄さんと格闘ボクシングしながら

ステージ前に走りキャーキャーハートハート

 

それまで、なかなかヒットチャート

一位を獲得できなかったのですが

「今度の新曲です」と・・・

「ちぎれた愛」のイントロが

流れた瞬間イナズマイナズマイナズマ

「これはいけるビックリマーク大ヒットする!!

と確信しましたチョキ

その時のベルベットはてなマークの黒い衣装の

カッコよかったことビックリマーク

セリフには、体がゾクゾク~クラゲ

しびれましたクラゲ

13歳の私でも、ドキドキラブラブ したのハート

 

コンサートの後は、もちろん出待ち

ヒデキはタクシーで走り去りましたが

その後、すぐに「ニチイ」デパート

屋上で新曲発表キャンペーンがベル

 

会場は、かなり離れていましたが

従妹と何人かで走る走る~走る

やっとニチイに着いた走り

外の非常階段を必死に駆け上り

ようやく屋上にビックリマーク始まる寸前あせる

ステージ前に駆け込み、体育座りで

ヒデキのトークを聞いていました。

みんなが声をかけているので

私も思い切ってビックリマーク

 

メガホン「ヒデキ~~~!!と呼ぶと

 

「は~いビックリマーク何ですか~!?」と

手を振り、私を見つめてくれたんです目

 

滝汗 慌てました~~憧れのヒデキに

見つめられて~~あせるあせるあせる

まさか、呼びかけに答えてもらえとは

思っていなかったのであせるあせるあせる

私は恥ずかしくて、ただ手を振り返す

ことしかできなかったんですショボーン

 

たった数分のあせるこのやりとりが・・・

45年経た今でも、はっきりと心に

焼き付いて!!

その時の、優しい笑顔・・・

ずーっと忘れず覚えています。

 

目の前で聴いた「ちぎれた愛」

その情熱的なセリフ、最高でした!!

 

この、ほんの小さな思い出をずっと

いつまでも、大切にします。

 

ヒデキ、ありがとうございました。

 

 

 

懐かしい当時の歌唱シーンですマイク

下矢印 こちらをクリックベル

 

右sei ちぎれた愛

 

 

 

 

まだまだ、大好きなヒデキの歌について

この後も、続けて書いていこうと思います。

 

追悼②に続く・・・