Grüß Gott!
数秘とムーンパワーの明明🐼です!
今日は「明明数秘」ができるまでのヒストリーの続きを書きます。
「私と数秘の出会いについて その
~10年間の海外生活後の葛藤と「気の病」〜
私の悩みが、そもそも自分の中に存在する二つの両極端な陰と陽の性格に起因していたこと、 それを知ったのは2017年です。それまでの約40年間は苦しみ悩みました。
海外生活をしていた間は悩まなかったんです。
なぜなら順風満帆だったから。そして自己主張しないといけない国にいたから。風に乗ってふわふわ飛んでいたら、リーマンショックが来て失業して
\ドッスン/と地面に叩きつけられて、
「あたし何してたんやろう?!」
って気づいた時、私は自分の意志:
WISH LIST が空っぽになっていた
ことに気づきました


⭐️みなさんはご自身のWISH LISTをお持ちですか?
⭐️つねにアップデートされたWISH LISTをもっていますか?
⭐️明明は毎月\ムーンパワー/に想いを寄せて綴っています!
振り返ると、
潜在意識が自分の舵取りを忘れてしまっていました


そんな状態だから、
何をやってもうまくいかないのは極めて自然でした…
とにかく私は、
失業したから再就職すること…
…ただそれしか考えられませんでした。
母から:
「お願いやから、就活せんと婚活して
」と言われる挙げ句……
私は母に:
「仕事がないから結婚だなんて、有り得へんわ!」
そう言い放って冷戦勃発…
数秘3:![]()
こうと思ったら一方通行にそれしか考えられない… 一途なのです… 

子どもさんが「3」をお持ちの親御さん達、知っといてよー

母と私の冷戦は数ヶ月続きました…

子どもはみんな母親のことが好きなのに…
傷つけたくないのに… 
日々自分自身に対して嫌気がさして…
否定的になって、
すべてが嫌になりそうでした…
当時は数秘を知らなかったから、
一所懸命さが余って、
アプローチの仕方が不味すぎた…
下手すぎた…その結果相手(親)を否定し続け、傷つけてしまっていたと感じます。
その頃、母も同じように、その冷戦期間中、「精神的におかしくなって精神科へ通った」と私に話してくれたのは何年も後のことでした…。
私は


年の11月、
再就職先を見つけて、
ひとり上京しました。
再就職先はイギリス資本の会社、
翻訳サービスを手掛ける会社で
オフィスは都庁前ビル30階
すべて数字で語らなければばらない
成果主義の社風でした。
人生で初めての法人営業。
「ここに載ってる会社にコンタクトしてください」… と日経新聞を渡されてました。
電話で担当者に漕ぎ着けるのは何十回電話をかけてようやく1回!
担当の方にアポをもらったら、プレゼンをしにいく。
成功したら上司とプロポーザル(提案書)を携えて再びプレゼンをしにいく… 新規開拓営業でした。
会社は10名弱で外国人や留学経験のある人たちの集まりでグローバルな環境でした。
当時、自分の本当の声がわからなくなりそうな寸前でしたが、仕事をしないと東京で生活できない… とにかく前を向いて頑張って仕事していました。
でも我に帰った時から、自分のこころの声を聞いてもらいたい… そんな想いから、占い通いをしていました。
行くのは決まっていて、
横浜中華街や東京タワーの占いコーナー🗼🔮でした。
でもね、
行っても行っても、
もっと聞きたくなる…
欲求不満… 

ストレス…
プレッシャー…
自分が分からなくなる…
東京時代のストレス発散…
非日常空間にダイブできる時間は
社交ダンスでした


平日出せなかった自分のカラーを、
週末のレッスンで補っていました…
自分の楽しみとストレス解消のために、週末の社交ダンスのレッスンを受けていました。コンペにも出ました。
ダンスレッスンがなかったら、私は心身病気で死んでしまっていたかもしれない…
数秘3の人は、
表現すること、
自分のパッションをカタチにすることが生きがい🌈
自分の気のおもむくままに、
ご自身に好きな時間をあげましょう
先ずは自分を愛してあげる
自分が好きなことをすること
好きなことで自分を満たしてあげてください。
それは私たちのミッション = 使命


でも、
人生好きなことばかりやっててもつまらなくて…
続く…







