夕張駅を発車して次の駅が鹿ノ谷駅。

鹿ノ谷は夕張鉄道線との接続駅として1926年に開業。
当時は広い構内に、同鉄道のホームと機関区があったという。
炭鉱からの石炭をここから夕張鉄道線を経由、小樽港まで運んでた。
1930年、夕張鉄道開業当初の鹿ノ谷駅構内と夕張鉄道側ホームの様子。

1970年代炭鉱が次々閉山、平和炭鉱の閉山により1975年夕張鉄道線が廃止、1984年には無人駅化。
廃線と聞き訪れた2018.11月の週末。見上げると跨線橋には撮り鉄が鈴なりに!

ちびデジカメを手に、撮り鉄よろしく跨線橋へ向かう。
階段には苔&雑草が生い茂り、使われていないのが実感できる。

鹿ノ谷駅は1934年に建てられた木造駅舎。鉄心をくすぐる西日を浴びたその佇まい。
こんな美しい駅があと半年で役目を終えてしまうなんて!
「行かないで♥」とすがる未練たらたらの恋人みたいな気持ちになる。

夕張駅へと向かう鉄路。まるで一枚の絵。泣かせるなあ。

跨線橋で居合わせたテツと昭和話で盛り上がる。「夕張の電車は・・」と話す私に,
「姉さん、電車じゃなくって汽車って言ってね」と釘を刺すテツ。テツへの道はまだまだ遠い・・。
1976年の夕張線&夕張鉄道の鹿ノ谷駅。周辺は住宅がひしめいてる。

現在の同じ場所の航空写真.住宅はずいぶん緑に還っているのがわかる。
跨線橋から全体を見渡す。左側が夕張鉄道のレールのあったあたり。
現在は草が生い茂る空間にその気配を感じるだけ・・・。

左手の丘の上、ホームの向かい側、鹿の谷東丘町はかつての高級住宅地。
なるほど駅を見下ろす素晴らしい眺めの立地=リッチ!?
今では立ち入り禁止となり夢の跡となった棲家が広がるだけの丘に・・・。




駅に戻り、だだっ広い待合室で16:50発の上り列車を待つ。
かつては2校あった高校生たちであふれていたはずの場所。

扉を開けてホームへ向かう。



夕暮れも近い16:43、夕張発千歳行きの汽車がやってきた。

そして今夜の宿、夕張フォレストYHの待つ沼ノ沢駅へ。

鹿ノ谷は夕張鉄道線との接続駅として1926年に開業。
当時は広い構内に、同鉄道のホームと機関区があったという。
炭鉱からの石炭をここから夕張鉄道線を経由、小樽港まで運んでた。
1930年、夕張鉄道開業当初の鹿ノ谷駅構内と夕張鉄道側ホームの様子。

1970年代炭鉱が次々閉山、平和炭鉱の閉山により1975年夕張鉄道線が廃止、1984年には無人駅化。
廃線と聞き訪れた2018.11月の週末。見上げると跨線橋には撮り鉄が鈴なりに!

ちびデジカメを手に、撮り鉄よろしく跨線橋へ向かう。
階段には苔&雑草が生い茂り、使われていないのが実感できる。

鹿ノ谷駅は1934年に建てられた木造駅舎。鉄心をくすぐる西日を浴びたその佇まい。
こんな美しい駅があと半年で役目を終えてしまうなんて!
「行かないで♥」とすがる未練たらたらの恋人みたいな気持ちになる。

夕張駅へと向かう鉄路。まるで一枚の絵。泣かせるなあ。

跨線橋で居合わせたテツと昭和話で盛り上がる。「夕張の電車は・・」と話す私に,
「姉さん、電車じゃなくって汽車って言ってね」と釘を刺すテツ。テツへの道はまだまだ遠い・・。
1976年の夕張線&夕張鉄道の鹿ノ谷駅。周辺は住宅がひしめいてる。

現在の同じ場所の航空写真.住宅はずいぶん緑に還っているのがわかる。
跨線橋から全体を見渡す。左側が夕張鉄道のレールのあったあたり。
現在は草が生い茂る空間にその気配を感じるだけ・・・。

左手の丘の上、ホームの向かい側、鹿の谷東丘町はかつての高級住宅地。
なるほど駅を見下ろす素晴らしい眺めの立地=リッチ!?
今では立ち入り禁止となり夢の跡となった棲家が広がるだけの丘に・・・。




駅に戻り、だだっ広い待合室で16:50発の上り列車を待つ。
かつては2校あった高校生たちであふれていたはずの場所。

扉を開けてホームへ向かう。



夕暮れも近い16:43、夕張発千歳行きの汽車がやってきた。

そして今夜の宿、夕張フォレストYHの待つ沼ノ沢駅へ。