北京護国寺街はラストエンペラーとして有名な愛新覚羅溥儀の弟、
溥傑が日本人妻、浩と晩年を過ごした街でもあります。


護国寺街を西側から入り人民劇場を右目に約5分・300m、
やがて地図上の中心、綿花胡同と護倉胡同との交差する左手に合義斋が見えてきます。


この向かい側が護国寺街52号、溥傑夫妻のかつての住まいになります。
現在は「国際経済文化交流」の事務所になっていて中には入れません。


溥傑故居からすぐ右折して護倉胡同にはいり、さらに左へ。
迷路のような細い道がつづきます。


前鉄匠胡同から后鉄匠胡同へ。


胡同のネーミングを見ていると、
生活や歴史を感じることが多くて面白いものがあります。


早朝なのでほんとうに静か。


昔のままのたたずまい。10月末の早朝は気温10℃以下。
ひんやりここちいい空気。


電信柱に不動産の広告が。よく見るとものすごく高い!
148万元=日本円で2000万。これが現実。


最近は犬を連れている人が多くなりました。




朝霧が胡同にとても似合っていたこの日。
溥傑と浩がこのあたりを散策していたのかな、と思うと
感慨深いものがありました。