お尋ね戴き、ありがとうございます。
アメーバの皆様、いつもお世話になっております。
いつも、“いいね”やフォローして下さって、本当にありがとうございます。
どれだけ勇気付けられ、励まされているか分かりません。
心から、ありがたいと思い、深く感謝申し上げております。
今年79歳になる私が、今年の10月迄に達成しようとすることに対して、現段階で一番の勲章であり、意識付けになりますので、トップに上げさせて戴きました。
カラオケボックスの部屋のデンモクが、以前のようにカードをかざせばいいだけの、すぐにログイン出来るタイプではなく、最新の、パスワードがなければ、ログイン出来ないタイプでしたので、私の名前はありませんが、間違いなく、私の歌の点数です。
そして、この点数は、 やがて 79歳になろうとする婆が、イヨマンテの夜を、97点取れるというだけでなく、私がいじめ後遺症にされて、心を破壊されていた時は、誰もが、私は、歌がだめだと思っていて、父も歌がとても上手い人で、父方の親戚は、聞けば、誰も皆ひっくり返るほど、歌が上手くて、弟も妹も歌が上手く、私と母だけが、 歌はだめだと、父にも弟にも妹にも親戚中の者にも思われていたのですが、それは歌が下手だったということではなく、いじめ後遺症にされて、心が破壊され、物事の全てを素直に感じることが出来ない精神状態にされていた為だったと、今は、分っています。
心が破壊され、物事の全てを素直に感じることが出来ない精神状態にされていたのでは、心や思いなどの感情を表現することである歌を、感情込めて、表現力豊に、表情豊に歌うことなど、出来る訳がなかったのです。
歌で人の心を打つということは、ただ、声が良いとか、音程やリズムが正しいとか、技巧的に優れているなどということではなく、人としての本心の感情による魂の震えの振動を、声の振動で、最も端的に表現し、直接的に人の心に働きかけることだということが、今の私には分っており、歌うことは、心や思いの感情を、余すところなく、豊かに表現するということですので、心を潰され、感じる感覚自体を破壊された精神状態では、父や親戚の者達のように、表現力豊かな、表情豊かな歌を歌うことなど、出来る訳がなかったのです。
中学二年の一学期、私が学級委員に選ばれた直後から始まった、仕切る立場でなくては気が済まなかった杉浦の、私の知らない所での、私を学園社会で抹殺し切り続ける為の非道暗躍が、まだ人格が固まっていない、陰でそんなことをされていることなど、思いつくことすらない、分かる訳もない年頃の、それも、逃げ場のない学園社会で、その非道をされ続けていたことが、私の心を破壊し、学校を卒業しても、回復することのない、いじめ後遺症にした訳で、私は、人として一番大事な、心や感情や思いを、学生時代の子供の頃のいじめで破壊されてしまった精神状態で社会に送り出され、その精神状態が、大人になっても続き、苦しみ続けていた訳ですが、高校卒業後、約45年も経って、杉浦の、段原中学校時代、自然に学級委員に選ばれ続けていた私の学園社会生命にとどめを刺し、完全になかったことにするという思惑を果たす目的で投函された、定期総会の手伝い募集という名目の、召集令状とも思えるようなはがき一枚で、高校の集いに入り、約45年ぶりの学友との再会となった訳ですが、その集いで、娘に私の名前を付け、私を学園社会で抹殺し続けていた、約45年もの間、親友達との飲み会で私の噂をし続け、妻も私に似た人を選んだという中本の本能が覚醒し、私も、時々彼のことを思い出してはニッコリしていて、 約45年間、彼のことを忘れていなかった自分の本能に気付き、男女の体の関係は望まなくても、学生時代から絶縁させられていた、約45年の、積もり積もった思いが止められず、 学生時代、私と行き交う度に、必ず、少し憂いを含んだ笑顔で、はにかみながら手を振ってくれた彼のことを、私も忘れてなく、私が学生時代、既に感じていた、その中本の憂いは、小学校五年の時に、母親と死別した為だと、集いに入って、彼と話すようになって分かったのですが、私も、まだその意味も分からない年頃のその時に、かすかに、彼のことが胸に響いていた訳で、私の家庭環境を知らない者達からは、何不自由ないお嬢様のようだとよく言われていましたが、私も、ずっとお伝えしているように、子供の頃から、複雑な家庭環境で、中本も私も、表に出ない、見えない奥深いところに、憂いを含む事情があり、素粒子が、振動する波のエネルギーであることや、人間の体も素粒子で出来ていて、それぞれ固有の振動の周波数を持っていること、その振動が共鳴し合って、人は惹かれ合うということの意味が分かった今にして思えば、私と中本は、学生時代から、その、表には出てこない、心の奥深いところでの、憂いを含む波動が響き合い、引き寄せ合っていたので、彼が私を自転車の後ろに乗せて、母校皆実高校の通学路を走り抜け、私への好意を公にするという思い出に繋がり、そしてそのことが、中学の頃から私を学園社会で抹殺し切り続けていた杉浦にとって、私と中本が親しくなれば、私が中学時代学級委員に選ばれ続けていたこと、その私を引きずり下ろす為に、杉浦が、転校して来たばかりの、何も知らない大井を使って、男子の学級委員に選ばれ続けていた小谷に取り付かせて、小谷に投票する男子を、女子の学級委員では、私ではなく、大井に投票させるという作戦で、私を学級委員から引きずり下ろすことに成功し、それでも私は、中学を卒業する迄、二番手の会計に選ばれ続け、杉浦は、学級委員を選出する為の選挙の候補にすら名前が挙がりませんでしたが、そのことが、私の口から、中本に伝わり、皆実高校学友達に広がり、先生方の耳に入れば、誰からも選ばれなかった中学時代に逆戻りし、選ばれ続けた私の復活につながるだけでなく、品行に厳しかった皆実高校で問題になり、性的知能犯のレッテルを貼られて、退学や転校もありのことも予測されるほどのことだと、杉浦本人が一番分かっていたので、それを恐れ、その思い出後、私と中本を続けさせなくする為には、どんなことでもしなければならない精神状態だった訳で、その思い出後、私と中本を続かせない為には、中学の時、大井を小谷に取りつかせて、私を学級委員から引きずり降ろしたように、杉浦自身が中本に取りつく以外にないと思いついたということで、この自転車の思い出のことが、私と中本と杉浦の、その後の展開の全てにつながっていく訳ですが、そんなこと、知る由もない、当時の私と中本でしたが、勿論、杉浦自身も、私を学級委員から引きずり下ろし、学園社会で抹殺し続けることが、こんな展開になり、男子を授かれず、自分の娘が、二人共結婚出来ないことにつながり、自分の命が三代目迄続かないことにもつながる訳ですが、神一厘の仕組みで、その全ての事実を私に公開される、ここ迄のことにつながるなど、思いもせず、高い知能指数の左脳を使って、誰にも魂胆を見破られないまま、自分の思惑が成就するのも時間の問題だと、高をくくっていた訳で、そんな杉浦の思惑とは無関係に、ことは運び、中本の寿命を縮め、杉浦の野望は見果てぬ夢となって、費えることになる訳ですが、私は、選ばれ続けた私の学生社会生命にトドメを刺す目的で投函されたはがき一枚に、簡単に引っかかり、ノコノコと集いに入った訳ですが、神一厘の仕組みの思惑は、既に次のフェーズに向けて動いていて、その当時、幹事だった杉浦は、自分の墓穴を掘ることになるとは思いもせず、私を集いに呼ぶ訳で、私は、そのハガキを受け取った瞬間から、腹の底からの突き上げるような、湧き上がる、抗い難い、強い力に押されるまま、集いに入りましたが、その時はもう既に、目に見えない、大いなる意思の強い力が働いていたのだと、今は確信していますが、もし、杉浦の非道暗躍がなく、翠中出身の学友に信頼されていた中本と、段中で選ばれ続けた私が、学生時代の自転車の思い出後、続いていれば、今のように、杉浦の気に入らない者は徹底して排除されるような、とても学友同士の集いとも思えない集いではなく、翠中出身の者達と、段中出身の者達との、屈託ない、欲も得も、何の思惑もない、学生時代の心に自然に戻れて、学友同士らしく、爽やかで清々しく、美しく素晴らしい集いが出来ていたことは間違いありませんが、私と中本は、学生時代の自転車の思い出後、決して離れてはいけなかった、共に年をとり、共に老いてゆく筈の、宇宙が意味を持って、波動を合わせて結んだ、運命の相手だったと確信していますが、 約45年ぶりに再会し、私と中本の絆が学生時代の頃にタイムスリップして復活し、絶縁させられていた45年を穴埋めしようとするかのように、中本に話さなければならないと思うことが、次々に沸き上がって来て、二人切りで、長時間会い続けることが出来ないので、手紙という形式でメッセージを伝え続けるようになった訳ですが、そんな、集いでの二人の態度に、中二から続けた、私を学園社会で抹殺し切り続ける為の非道暗躍で得た、次期会長と目されていた中本の特別の女として、同窓会常任幹事という立場が瓦解し、杉浦からすれば、中学時代から続けた約50年の苦労が水の泡になると直感し、杉浦は、私を、二度と集いに参加出来なくさせる為の、なりふり構わない、ありとあらゆる動きに出た訳で、その為に、私を学園社会で抹殺し切り続けた手口を、私に知られることになり、私が学園社会で孤立し続けたのは、彼女の非道暗躍の為で、私に、皆から嫌われる何かがあった訳ではないと分かり、今迄悩み続けていたのは何だったのかと、ばからしくなり、あっけなく、いじめ後遺症から抜け、いじめ後遺症の精神的症状が雲散霧消し、不安も恐れもなくなり、人としての、本来の自信が回復し、それ迄自分を否定していた、 0マイナス以下だった、自己肯定感の低さはなくなり、薬など飲まず、自然な状態で、普通の人間らしい感情が戻って来たのですが、杉浦の動きが、私をいじめ後遺症から抜けさせてくれ、今の動きが出来る全ての力を私に与え、その材料を私に与えることにつながっていく訳で、それが、神一厘の仕組みの恐ろしいところで、素晴らしいところですが、感じる心が回復しない精神状態にされていた、いじめ後遺症にされていた間中、父や親戚の者達のように、人の心を打つ歌を歌うことが出来なかったのは当然で、そして、いじめ後遺症から抜け、人間らしい普通の精神状態が回復し、本来持っている、豊かな感じる心が回復し、本来の自分を取り戻せた時に、私自身が、元々持っていた、繊細で豊かな感情が復旧し、歌詞の本当の意味や思いや感情を、心から分かるようになり、それを素直に表現出来るようになって、この点数が出せるようになった訳で、やがて79歳になろうとする婆でも、本来の素直な自分で、本来の人間らしい感情を素直に表現すれば、誰でも、ここ迄の点数は出せる歌が歌えると言うことを証明するものにもなります。
私は、母も、子供の頃、いじめに遭っていたことを知っていたので、母も私と同じように、強く激しい、いじめ後遺症になっていたと確信しており、声も穢れなく美しく、頭も良く、音程もリズムもちゃんと取れる母が、美しい声で、小学生唱歌のように歌うことは出来ましたが、父や父の親戚の者達の歌は、そのレベルではなく、私の叔母にあたる父の姉は、 NHK、のど自慢の番組で、何度も優勝したことがあると、その、叔母の娘の、私の従姉から聞いたことがありますが、どんなに歌が好きで、父や弟や妹や親戚の者達のように歌が上手くなりたいと思っても、そうはいかなかったのは、子供の頃、ひどいいじめに遭って、大人になっても、それを抱えたままのいじめ後遺症になっていた為で、母は、佐久間良子に似た、大きく美しい瞳の、誰もが美人と認める人でしたが、どんなに美しく、頭が良く、誠実で働き者で家族思いの、深く熱い真の愛情を家族に対して持ち続けていても、父との関係がうまくいかなかった原因も、そのいじめ後遺症の為だったと確信しています。
母は、血統というか、血筋はとても良い人なのですが、母の母、つまり私の母方の祖母が、若い当時、女工として働いていた工場の上司と深い仲になり、母を身ごもり、その相手、つまり私の母方の、血を分けた実の祖父ということになりますが、その祖父が、結婚の許しを貰う為と言って、故郷の鹿児島へ帰り、そのまま、祖母のところに帰らなくなり、母を出産後、母の祖母、つまりその当時の、祖母の母親に預けて、母の父と別の人と結婚した為に、母は、母の祖母に育てられ、実の父親とは、生まれて以来、一度も会ったことがなく、父親の愛を知らない人で、母が子供だった頃、父親のいない子供のことを、母の里の辺りでは、ほりたごと言って蔑んでいたそうで、それがとてもつらく、私と弟と妹だけは、絶対に、父親のいない子にしたくないと思って頑張り続けて来たと、母から聞かされたことがあり、母には何の罪もないのに、何も悪いこともしてないのに、ほりたごと言われて蔑まれ続けたことが、母にとってはとてもつらく、そのいじめ後遺症をかかえて感情を破壊された母と、心がどうしても通じないと感じた父に、女を作られ、暴力を振るわれても、私と弟と妹を父親のいない子にしたくないという一念で頑張り続けるほどの苦しみを抱え込ませる種になっていた、酷いいじめだったということですが、母は、子供の頃、ほりたごと言われて蔑まれ続けたことが、とてもつらく、そのことが原因で、子供の頃からいじめ後遺症に架かっていて、感じる心を破壊されていたのだと、母と同じようにいじめ後遺症にかかっていたと分かった私は確信しており、それが、母が、どんなに歌を好きで、歌をうまく歌えるようになりたいと思っても、父や弟や妹のようにうまくなれなかった原因で、母に歌の才能がなかったとか、歌が下手だったということではないと、今の私は確信しています。
そして、それほどの苦しみを抱えてもなお、自分のことなど考えず、蒸発した父から一円の仕送りもなく、父から守られ、優しくされることもない状態で、自分の人生の全てをかけて、私と弟と妹を高校迄出してくれた母の、強く熱く深い愛情を、私は知っており、今の私があるのは、それでも、私を高校まで出してくれた母の強い愛のおかげだと母への感謝の気持ちを絶やしたこと、そんなひどい目に遭わされ続けた母を、私の持てる力の全てで守り、母の思いを守ろうとする心を絶やしたことはありませんが、父の愛人の弘子の為に、とてつもない不安と寂しさと精神的苦痛と経済的苦痛を強いられ続けた母で、私と弟と妹も、弘子に母と同じ苦しみを抱え込まされた訳ですが、弟と妹は、そのことを分かるほど、年齢的、精神的に成長しておらず、その苦しみと貧しさを抱えて、心を壊されたまま、 中学の頃から学生生活を送り、卒業し、母の苦しみや悲しみや痛みを感じる感情がまともに育ってなかったのだと思いますが、弟と妹は、私のように母を理解することはなく、父を探して訪ねた弟に、父を取り返されない為に、弘子が、私達から取った甚大な価値のほんの一部で弟にチヤホヤすることを、母より優しいと勘違いさせられ、母が冷たいから、父に捨てられたと思い込まされ、不倫を正当化されて騙され続け、弘子と結託している、弟の不倫相手だった、弟の本妻を暴力的に叩き出して後釜に座っている鈴子とグルになって、母が94歳の天寿を全うする迄、母を捨て切らされ続けている訳で、妹も、女性であり、大学出の旧家の御曹司と結婚し、 一男一女の母親でありながら、その幸せにしがみつく為に、火の粉を被りたくなくて、弟に同調し、母から逃げ回ったまま、母と永遠に会えなくなってしまった訳ですが、だからこそ、母の為にも、この二人の愛人の為に、自分が産んだ子供と、赤ん坊の時から引き裂かれ続けている、弟の本妻の子供の母親の為にも、弟と妹を、人間として覚醒させ、母の愛の深さを感じることが出来る、本来の人間らしい心を取り戻させたいと、そして、 二人の愛人達が、母や私や弟や妹に対して犯した罪の甚大さと、私達本妻家族から奪い尽くし続けている甚大な価値の意味を知られれば、その非道で得た全てを失うことになる二人の愛人達に取り込まれて、 二人の愛人達を擁護することで成り立っていると思い込まされ、その事実を分からせようとする私を遠ざけさせられる為に、歌が下手な私をバカにし、私の言うことなど聞く必要がないと、私から逃げ回り続けさせられる弟と妹を覚醒させる為には、私の人生総仕上げの全てを完了する以外にないと思っており、逆に言えば、私が人生の総仕上げだと思って取り組んでいる、歌と出版と朗読の三つが完了すれば、弟と妹が、 二人の愛人達にされた事実を知るきっかけになり、それが、母と弟の本妻の心を救うことになり、ひいては、弟や妹や二人の子供達の未来が開けることにつながるという確信を持っています。
それほど、弘子と鈴子二人の愛人達は、人間のすることではない 残忍非道なありとあらゆる手口を使って、弟と弟の本妻の子供を、心の芯迄騙し切り、二人の言いなりにならなければ、生活が成り立たない状況に追い込んで、愛人達の暮らしは、母や私達本妻家族から奪ったもので成り立たせているだけなのに、弟と弟の本妻の子供がそのことに気付けば、二人の愛人達、弘子と鈴子は、一巻の終わりですから、そのことに気付かれまいとして必死で、弟や弟の本妻の子供の世話をしていると思い込ませている訳で、それを奪われまいと必死で、残忍卑劣なことを重ねて、弟と弟の子供を取り込んで、私や母の言うことに、絶対耳を貸さない状況を作って、何重もの、目に見えない、分厚い檻の中に閉じ込めていますので、弟と弟の本妻の子供は、潜在意識に到達するところぐらい迄、愛人達に心を牛耳られていますので、生半可なことで、その扉を開けることは出来ませんので、弟と、弟の本妻の子供に、心の芯から、そのことに気付かせる為には、私の最終目的であるこの三つを完了させて、自然に気付かせるやり方が、最も有効だと確信していますし、そこ迄行けば、必ず 弟も妹も、二人の子供達も目が覚めてくれると確信しています。
動物でも、親子や兄弟、姉妹、親友や愛する者達を守る、思いやりの心は持っており、愛する者達に危険が迫れば、自分を捨てて、命もかけて守ろうとしますし、その、動物の本能としての魂を捨てて欲望を満たすことはせず、どんなにおなかがすいても、共食いはしませんが、愛人達二人、弘子と鈴子は、本妻の夫を取り切る為に、本妻の夫から、本妻の子供の生活費も渡させず、赤ん坊のミルクも本妻に渡させない為に、本妻の夫を蒸発させるという、世にも残忍非道、卑怯卑劣なことをやり切り続け、その次は、何一償わず、慰謝料も本妻の子供の養育費も払わず、本妻の座を奪っても、本妻が訴えることも出来なくする盾として、夫に蒸発されても、本妻が女一人で守って育てた、本妻の子供を取り込むという、更に人でなしで残忍非道、卑怯卑劣なことを、現在も続けている現状で、言わば、 二人の愛人達、弘子と鈴子は、本妻と同じように、女性であり、母でありながら、本妻家族が、宇宙から授かった本来の幸せな命を生きて行く為に、なくてはならない全てを奪い尽くし、同種の、人間の命を守る全てのものを取って、欲望を満たし続け、共食いし続けているのと同じです、もうこんなことには耐えられないと、自らの非を認めて、本妻の夫を解放し、以後は償いの心を持って生きる以外に、人としての道はなく、そこに気付かず、共食いを続けている限り、人の心も魂もない、動物以下の、人の形をした、化け物と言ってもいい、ただの、自分の欲望の為に共食いも厭わない、人間扱いされる資格もない、ただの生き物だと、私は思っています。
それほど、二人の愛人達の犯した罪の傷は、深く、大きく、そう簡単には行かないということですが、それは杉浦のしたことも同じで、それほど、人の縁を奪うということは、人でなしで、残忍非道、卑怯卑劣極まりないことということですが、私の人生総仕上げの三つのことは、杉浦非道に対しても、最も有効だと思っており、杉浦非道を止めさせ、母校、皆実高校学園社会を本来の健全で正常な状態に回復することも、宇宙と母校の神様からのミッションだと思っており、その為に、私の残りの人生の全てをかけている訳でもありますが、それも、到達迄、かなり近いところ迄来ている実感があり、同じ境遇でも、弟や妹は、私とは違う感覚を持っていた訳で、それが、人差し指より薬指の方が長い人の特徴のことを語っている、どの動画にも、他者の苦しみを自分の苦しみのように感じ取ることが出来る敏感なセンサーを持っているとある、この、人差し指より長い薬指のせいかも知れないとも思っています。
杉浦や、二人の愛人達、弘子と鈴子でなくても、不倫や、 二人の愛人のように、宇宙が意味をもって波動を合わせて結んだ自然の縁を破壊して、人の縁を奪うことは、人として、絶対にしてはいけない、恐ろしい罰を受ける、神の領分を犯すことで、不倫は、本妻と本妻の子供が、人間らしく生きていく為の、命を守る為のものを奪って欲望を満たすことで、 言い換えれば、自分と同種の生き物である人間の、それも、同じ女性であり、母でありながら、本妻と、何の罪もない、本妻の子供が生きていける為のものを奪って、本妻と本妻の子供が、宇宙から、本来授かっている幸せな命を守ることが出来なくして、欲望を満たしている、共食いですから、人の心を持った、まともな人間として、人間らしく生きて、人間らしく扱って貰いたいと思うなら、一秒も早く、不倫から脱出して、本妻の夫を本妻家族に返すべきです。
どんなに頑張って、しがみついても、不倫相手の先祖と宇宙に受け入れられることは、不倫で出来た子供共々、絶対になく、不倫の命の根が、不倫相手の先祖につくことも、宇宙につくことも、絶対になく、先祖と宇宙に根がつかないということは、永続性と循環性がないということで、何年付き合おうと、何十年付き合おうと、ただ、その場限りの、三次元的欲望の浅い部分の満たし合いだけで、身体を浪費して、エネルギーを消耗し合い、かけがえのない、限られた命の年月を消耗するだけで、老化を速め合い、運勢低下の速度を速め合い、どちらかが病気になったり、老いて認知症になったり、或いは、どちらかが死んだりして、その欲望の満たし合いが出来なくなった時点で終了してしまう訳で、もし不倫でも、出会った順番が遅かっただけで、自分達の愛は本物だと言うなら、不倫を止め、物理的な体は遠く離れても、その愛が本物なら、永遠に消えることはない訳ですから、その本物の愛を胸に秘めて生きて行けばいい訳で、物理的欲望の満たし合いの不倫を継続する必要はありません。
それでも、本妻家族の権利を侵害して、不倫を続けるなら、上記のように、宇宙の意志によって、強制終了がなされる訳で、それが、宇宙からの、もう、バカなことを止めて、折角授かった、人としての命を本当に輝かせ、宇宙が授けた天分を生かして開花させ、光の人生を歩めという、宇宙からの慈愛に満ちた強制終了の合図で、不倫は、未来に続く何ものもなく、ただ、かけがえのない人生の、あっという間に老いてゆく、尊い時間も、甚大なエネルギーも消耗するだけで、何一つ残らないのですから。
上記の、不倫を続けることが出来なくなる、強制終了の時は、必ず来ますし、それが、他人の権利を侵害し、宇宙が意味をもって結んだ、宇宙と先祖が保証した本妻家族の権利を侵害し、自然の縁を破壊して欲望を満たしたことに対する、宇宙からの当然の制裁の鉄槌ということになります。
母の母、私の祖母の先祖は、浅野家の家老で、浅野家の墓守りをしていたと、子供の頃、母から聞かされ、子供だった私は、墓守りのどこが偉いのかと思った記憶がありますが、それから庄屋が続いていた血筋で、私は、 40歳前後の頃だったと思いますが、母を身ごもらせたまま、鹿児島の実家に帰って以来、母の母、私の祖母を捨てて、祖母の元に帰らなくなった、母の血を分けた実の父親に逢わせてやりたい、亡くなっていたとしても、その墓所を探して、手を合わさせてやりたいと思い、飛行機代もホテル代も全て私持ちで、母を鹿児島に連れて行き、知識一夫という名前だけは、祖母から聞かされていたそうで知っていたので、鹿児島について、電話帳で、知識一夫さんにお世話になった者で、お礼とご挨拶がしたくて、探しているという言葉で、片っ端から電話をかけ、鹿児島県出水市に、知識という名前の人が多くいるという情報を得、鶴が舞い降りることで知られている出水市に向かい、旅館で電話帳を見て、片っ端からあたり、電話帳には、知識という名前ばかりで、手当たり次第、何十件かけたか分かりませんが、やっと、それらしい方とつながり、詳しい話をしたところ、どうも確実らしいという確信を得、実はその時には、亡くなっていたというのも分かりましたが、お墓に手だけでも合わさせて貰いたいと言うと、快く承諾して下さり、母と祖母を捨ててからの人生は、当然の報いといえば当然ですが、あまり良い人生ではなかったようで、それでも、母の本当の父親を訪ねて、鹿児島迄行った、母と私にとっては、その甲斐があったと思えるほど、嬉しかったことで、その電話で教えて貰った、上知識町というところだったと思いますが、そこに、汽車に乗って行き、対応して下さった女性は、母によく似た顔立ちの、母とはいとこぐらいの関係になる人ではないかと思っていましたが、なんとなく、母の血を分けた、実の父の、知識一夫と、私の祖母である、母の母との事情を知っていたのではないかと思われる節のある素振りで、本当に丁寧に心優しく対応して下さり、母と同じように、目が大きく、美しい女性でしたが、母の実の父の墓所に案内して戴き、確かに、知識一夫という名前が、墓石に刻まれており、間違いないと、母も私も確信し、母はその後も、母と従妹と思われるその女性と手紙のやりとりや、年末年始の挨拶や、物のやり取りもして、付き合い続けていたようで、それほど、母にとっては、父親のぬくもりを感じる血のつながりは大切だったのだと思っていますが、知識という名前が町の名前になっているほど、土地の名士だったということも、それで分かった訳で、母の血筋は、よいということを、私は知っているわけですが、そのせいか、母は、とても誇り高く、どんなに貧しくても、どんなにつらくても、いじめ後遺症にされた心でも、否、いじめ後遺症にされていた心だからこそ、決して妥協が出来ず、それが父を苦しめ、安らぎを求めて、女遊びを続けたのではないかと私は思っており、実は父も、母が父を深く愛していたように、母を深く愛しているが故の辛さで、母がいじめ後遺症から抜けることが出来ていれば、養父に手をつけられ、普通に結婚出来ず、養父代わりに父に近づき、不倫で生まれた子の父親欲しさに、目的や魂胆で父に取り付いて離れなかった、不倫の母親を持つ父の愛人の、とても血筋が良いとは言えない弘子とは違い、父の心の奥底では、母がいじめ後遺症にかかってさえいなければ、母は、父の理想の女性になれていたことは間違いないと、私は確信しており、母がいじめ後遺症にかかってさえいなければ、二人は、仲睦まじく暮らし続けていたと、父の見舞いに行った時、病床で父に聞かされた、どうしても、母が父の前に出て、父をたててくれないことが辛かったと、本当に悲しそうに言った父の言葉で分かり、母がいじめ後遺症にさえなっていなければ、 二人は、素晴らしい夫婦でい続けられたのにと思っています。
本当に、自分で対処出来ない子供の頃のいじめは、人生を破壊する、とても恐ろしい、重い犯罪だと断定することが出来ますが、そのいじめ後遺症から抜けて、本来の自分を取り戻し、人としての普通の感情が甦り、心を素直に表現出来る精神状態になれば、誰でも、97点は出せる歌も歌えるということになりますし、この体験をし、声は、人間の魂の波動の響きをそのまま表していると分かった私は、その方の声を聞いたり、歌を聞いたり、お話をじっくり伺ったりすれば、その方が何に引っかかって、宇宙と潜在意識と魂が素直に繋がらなくなり、 心を素直に表現出来なくなっているか、その原因をお探しすることも、解決法をお伝えすることも出来ますし、どんな占いも易学も、ノーベル賞なども含めた、 どんな知識も、人類が分かっていること、 人類が持っている力は、宇宙の5%の範囲内のことで、残りの95%は宇宙にあり、その方の心に引っかかっていることが分かり、それを消すことが出来、感じる心、感情が健全な状態になれば、宇宙からの閃きや導きを受信することも出来、その95%を利用することも出来るようになる訳で、 その95%は、宇宙とつながる潜在意識にもあり、深呼吸をし、呼吸に意識を向けることで、脳波をアルファ波にすれば、右脳が潜在意識にアクセス出来るようになり、それが瞑想ということですが、その潜在意識の力を使えるようにもなれる訳で、そしていじめ後遺症から抜けて、 97点を出せる歌が歌えるようになり、過去一番と言っていいほど体調がよく、未来に向けて、希望に満ちた、ワクワク、イキイキした心で生きて行けるようになった、やがて79歳になる私のことは、いじめ後遺症にされた心の、低い重たい波動の自分から脱皮し、高周波の、良い波動になれば、宇宙が用意している高周波の素晴らしい未来を現実化することも出来るようになれること、いじめ後遺症にされて、その周波数の元になる感情が壊されていては、自分に用意されている、最高の未来を得る為の、高い周波数の、宇宙のダイヤルと自分の周波数のダイヤルを合わせることが出来なくなり、宇宙から授かった、本来の、最高の人生を生きることが出来なくなる、実質的な人生の破壊につながるということを証明するものでもあり、毒親の問題や、いじめや過去の不幸な出来事のせいで、自分では気付かずに感情が壊され、心が素直に表現出来なくなっている精神状態の、低い周波数の波動を持つ自分にされていては、歌がうまく歌えないだけでなく、宇宙から、本来授かった真の幸せを享受する為の導きや守りや閃きを、100%受信出来ず、本来宇宙から授かった幸せを100% 開花させることも出来なくなるということも、証明していると言えると思います。
更にこのことは、自分が何をされているかも分からず、対処の仕方も分からない年頃の子供の頃のいじめが、感じる心を破壊し、人間らしい感情を失わせ、人間らしい心で生きていくことを出来なくすることで、杉浦や、母の子供時代、母をほりたごと言って、母を蔑んだ子供達のように、他人をいじめて、いじめ後遺症にし、人間が宇宙から、本来授かった天分を開花させることが出来なくし、宇宙から授かった 本来の幸せな人生を生きていくことを出来なくしてしまうことは、実際に刃物で刺し殺してなくても、人生そのものを殺す、殺人に匹敵する、恐ろしい行為で、刑事罰に値する、重い犯罪だということを証明するものでもあります。
宇宙の5%しか分かっていない範囲の中での、それでも、人類の叡智の結晶である、易学だけでなく、残りの95%を持っている宇宙のことを探求し続け、両手指共、薬指が人差し指より長く、両掌にⅯの紋章があり、両掌に神秘十字があり、更に、甚大な数の先祖から守られていることを表す仏眼を、両手親指の第一関節と第二関節の間に持つ、その全てが、生まれながらにして、五次元魂だったことを表していることだと、今の私には分かりますが、この世に生を受ける前の約束事のしるしが、体に付けられ、この掌に示されている全ての特徴が、私の魂は、何度も転生を繰り返し、この身体で果さなければならない使命を果たす為に、とてつもない力を授かって生まれていることを証明する印でもあることを、今の私には分かっており、人はこの世に生まれる時に、現世で果たす役割の為に、自分の魂にどんな人生を送り、どんな試練を受けたいか、魂に刻み込んで生まれて来るそうで、それを、魂に焼き付けた青写真、ブループリントと言うそうですが、子供の頃から、五次元概念があった為に、魂に刻まれたブループリントに従い、長い苦しい試練の旅路を続け、幼い頃から、自分の身に起き続けた試練の全ては、その、ブループリントに焼き付けられた使命を果たす為の力を付けるのに必要だったのだということも、長い試練の旅路の果てに、やっとここ迄辿り付くことが出来た今は、理解出来ていますが、その意味を分かった、五次元占い師として、逆説的な言い方をすれば、その人の歌声や話し方と歌を聴けば、素直に心が表現出来ているか出来てないかが聞き分けられ、その人が、歌詞に込められた感情を素直に表現出来ない何かを心に抱えている精神的問題があることを推察することも出来るということにもなりますが、実際、上述のように、私は、その人の声のトーンや話し方で、子供の頃から、本能的、直感的に、そういうことが分かっていました。
本能的直感的に分かっても、学校では、魂に焼き付けられたブループリントのことや、前世の約束事で、そんな感情を持つ人間になったことなど、教えてくれる訳もなく、理論として分からなかった子供の頃は、人間は誰でも、声を聞けば、そういうことが分かるのだと思っていましたが、長く生きて、仕事柄、数え切れないほど、多くの方と深く関わる出会いを持てた経験から、誰もが皆、そうではないことも分かり、その子供の頃からの、人の声で、その人の考えていることや思いや苦しみや悲しみや、嘘をついているかどうかなどがすぐに分かるその感覚も、結局、以後の、他人様の人生に深く関わる、カウンセリングを伴う占い師としての仕事につながる資質だったのだということも、今は分っています。
占い師の私が、なんで、歌と声に、ここ迄こだわり、占いと歌に何の関係があるかと思われた方も多かったと思いますが、歌がうまく歌えないということは、それだけでなく、心に引っかかっている何かがあり、それが自分を低周波の波動にし、宇宙に既に用意されている、高周波、高波動の、魂が真に求める最高の未来と合わず、周波数と、自分の周波数を合わせることが出来ず、言わば、宇宙の高周波のダイヤルと、自分が発している高周波のダイヤルを合わせることが出来ず、本来宇宙から授かった真の幸せを享受出来なくなることにつながり、その原因を探り、真の幸せをつかんで戴く為に必要なことをお伝えするのが、カウンセリングを伴う占い師としての、私の仕事ですので、子供の頃から、歌が好きで、どうしたら歌が上手く歌えるかということを追求し続けて来た結果、ここ迄の事に辿り着いた私にとっては、歌と占いは無関係でないことなのです。
これで、歌と占いが、大いに関係ありということも分かって戴けたのではないかとも思っています。
子供の頃、ひどいいじめに遭って、 大人になっても、そのいじめから抜けられず、というか、大人になっても抜けられないのが、いじめ後遺症で、それほど、子供の頃のいじめは、してはならない、とてつもなく重い、深刻な、刑事罰に値する、重犯罪ということですが、私が、歌が好きで、どんなに歌が上手くなりたいと思っても、うまく歌えず、母が、どうしても、父や弟や妹のようにうまく歌えなかったのも、子供の頃のいじめが原因でしたが、まだ、人格が定まっていない年頃のいじめは、その時、傷つけられた心を核として成長し続けていくので、成人しても、その、いじめ後遺症が消えることはなく、人として一番大切な、感じる心を破壊されることは、宇宙からの素晴らしい周波数とのダイヤルを合わせることが出来なくなり、辛く苦しみ悩み続ける、低い周波数としかダイヤルが合わなくなり、低い周波数の人としか引き寄せ合わず、宇宙が用意してくれている、自分の最高の未来の、高周波と、いじめ後遺症にされたままの自分の低周波が合わず、宇宙が、本来与えてくれる筈の、素晴らしい未来を享受することが出来なくされることで、宇宙から与えられる筈の、最高の幸せを享受することが出来ず、その最高の幸せの為の閃きや守りや導きの受信が出来なくなることで、今日お伝えしたことは、いじめは、実質、人生を破壊することに直結し、人生を殺す、殺人にも匹敵する、恐ろしいことだということの証明でもあり、 その原因が分かって、いじめ後遺症から抜けた時には、元々、ここ迄の歌が歌える人間だったということを証明することも出来たことで、イヨマンテの夜を、今年79歳になろうとする婆の、女性の私が出せた、 97点という、この点数は、今の私の仕事や今迄の私の、 60年以上、 求め続けていた答えの成果であり、現段階で、私にとっては、とても意味がある勲章でもあります。
今回は、ニコラ•テスラのタイトルにしていますので、私のメッセージと歌はこれくらいにして、ここからは、ニコラテスラの動画を中心にお届けしたいと思います。
私がニコラ•テスラの動画と出会ったのは、約一ヶ月前で、その動画を見て、この人の言っていることは、私が、約60年かけてやっと到達した、色んなことと一致し、この人は、私に似ている、ニコラ•テスラの生き様は、私に似ていると思い、それからは、ニコラ•テスラの動画を中心に見るようになりました。
勿論、私は、ニコラ•テスラのように、天才でもなく、発明家でもありませんが、この下の動画で言っている、声には、届く場所に届く声と、途中で力を失う声があり、そのことについて語ると言っていますが、ニコラ•テスラは声の強さに違いがあることに関心を持ち、それが何故かということを突き止め、それに関して語っているのですが、私も、ずっと以前の動画で言ったこともありますが、来宮良子さんの声が、心に突き刺さるほど強い力を持っていることに関心を持ち、同じ人の声なのに、何故、来宮良子さんのように突き刺さるような強さの声で話せる人と、ただ、音として聞こえるだけで、それほど心に届かない声の違いがあるのか、その答えを、若い頃から、多分、来宮良子さんが、アニーよ銃を取れというテレビドラマの、アニー役の吹き替えをなさっていた頃、子供の頃から、来宮良子さんの声に惹かれ、歌のイントロのナレーションをされるようになって、別に叫んでいる訳でもないのに、心に突き刺さるような強さで入って来る声を出せるようになられ、人の声のその違いは何なのか、ずっと知りたくて、それで、妹の自転車に乗っていて振り落とされて脳震盪を起こし、それからむち打ち症になって仕事を休むことになり、やっと暇が出来た時に、すぐ思いついたことは、アナウンス教室に通ってその答えを突き止めることで、そのテキストにあった、今日から6月、アジサイの花が咲きましたというワンセンテンスを、朝から就寝する夜10時頃迄、食事も忘れ、録音しては、こんな声じゃないと、又録音し、それを、毎日何10回も繰り返す日々を続け、アナウンス教室も、通常の課程を終えても、まだ、何か、学び足りないと思い、当時FMでフリーランサーとして活躍されていた田中宏之さん開いておられた、司会者養成講座に通い、そこで紹介された、新しく出来た広島の録音スタジオからの、テレビコマーシャルのナレーションの仕事が来て、広告代理店のディレクターの方からOKが出ても、私はその自分の声に、来宮良子さんのように心迄突き刺さるような力がないことが不満で、自分の声はいい声だと誰からも言われ、自分でもそう思い、声自体のよさには自信がありましたが、声に突き刺さるような力がないことが不満で、以来、 NHKアナウンサーの指導を受けたくて、点字図書館の朗読奉仕をしたり、とにかく、その答えが見つかる迄は、その探究心を止めることが出来ず、歌も課題は同じで、歌に対しても狂い続けてきましたが、どちらも声に、叫んだりしなくても、自然な感情の声で出すだけで、心に突き刺さるような強さがあるかどうかが問題で、どんなに努力しても、どんなに勉強しても、どんなに技術を身に付けても、そうはならず、いじめ後遺症から抜けて、感じる心を回復し、感じたことを自然な自分の声で発することが出来るようになって、その強さを持った声が出せるようになって、やっと、そのことに関して勉強し続けなければならない、なにかに取り憑かれたような衝動の思いが鎮まった訳ですが、心に突き刺さるような強さが声になかったのは、いじめ後遺症にされていて、感じる心が破壊され、綺麗ないい声は出せても、その声が、魂の芯から感じたことを自然に発した、腹の底からの声ではなかったからで、今は、声こそが、人間の魂を、最も表していることで、声に、その人の魂の振動が表れるのだと確信していますが、そのことを突き止める迄、いじめ後遺症から抜けて、そのことが分かる迄、何十年かかっても、そのことから解放されず、その答えを求め続けたことも、ニコラ•テスラと似てるなと思うところでもあり、まあ、以前のブログでも取り上げましたが、無料知能テストに挑み、好きな問題だけに関心を示し、制限時間なしの3回チャレンジの3回目で全問正解のIQ 200を獲得した私ですので、自分が思い込んだことだけには、狂ったようにのめり込むようなところも、私が天才でなく、発明家でなくても、彼と似ていると言ってもいいような気もしているところがあるのですが、その他にも、人でなしで非道な、杉浦と弘子と鈴子、三人の女達に、母と私の人生を守る為に、宇宙から本来与え続けられる筈の全てを奪われ続け、電気代もガス代も払えなくなるほどの経済的困窮に襲われても、必ず、奇跡としか思えないような出来事で経済的困窮から浮上するということを、何度も繰り返し、そんな経済的落ち込んだ時こそ、あくせく頑張ることを止め、全てを宇宙に任せ、それで餓死することになっても、それはそれで仕方ない、宇宙の意思でそうなるなら、それを止めることは出来ない、宇宙にお任せしますと、悩むことも頑張る事も止めた時に、奇跡のように仕事の話が舞い込んで経済的に急上昇するということが何度もあったことも、そういうことが続いたので、どんなに大変な時でも、これは私に何を気付かせようとして起こされていることかと思い、気付いては逆転急浮上することを繰り返したことも、ニコラ•テスラの生き様と似ているなと思うこともあり、彼が提唱している、振動とエネルギーと周波数のことも、他のどの説明よりも具体的で、物理的科学的で、分かり易く、五次元に移行する、これからの時代で生き残り、私の提唱している、揺るぎない、真の幸せを掴む為には、ニコラ•テスラの提唱している、振動とエネルギーと周波数のことを分からなくてはどうにもなりませんので、今回は特に特集し、これからも良いと思う動画は上げていこうと思っています。
まずは、よろしければ、この下の、声についての動画からご覧下さい。
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健康通信Ⅶ
健康通信も、今回で7回目となりました。 ゜ 体は、魂の望むことなら、どんなことでも叶えてくれる為に必要な全てを搭載している、魔法の要塞であり、魔法のお城であり、 人が人である証しの、個人特有の、 唯一無二の魂が入っている、神聖な器ですので、その体が安心出来る、体が望むことを叶えてあげるように、必要な物を補給することが、その体が、自分の魂の望むこと全てを叶えてくれる、強力な武器となって、その目的に向かって推進する大きな力になってくれる訳ですから、その体の燃料である食べ物には、最大の注意を払うことが必要であるということを、特に最近は分かるようになって、そのことに気をつけるようになってから、半年以上経つと思いますが、体の調子が、 78歳という年齢なのに、過去一番というほどよく、あまり疲労感を感じることがなく、熟睡も出来ており、それが日常の判断に良い影響を与え、経済的なことは色々あっても、落ち着いた快適な心で過ごせ、何事に取り組む時も、以前よりずっと慎重で繊細で正確性を重視するようになり、時間はかかりますが、その成果もよく、若い頃から、今のような境地になっていれば、良かったのにと思うこともありますが、骨折して入院したことも必要だったことで、健康に自信があって、医者いらず、薬知らずの私が、そういうことを経験して、ここ迄来たからこそ、到達出来た境地だと言うことも出来ますので、もっと早く知っていれば良かったのになどと思わず、そのことに気付いたことに意味があり、大切なことで、これからも、そういうことに気をつけて一日一日を大切に生きていこうと思っており、こういうことが、本当に自分を大切にするということなんだなということも実感しております。 過去一番といってもよいほど、体の調子が良くなった食べ物の内容については、前回の健康通信Ⅵで言っていることと同じなので、前回の健康通信を参考にしていただければと思いますが、続けていて、よかったと思うことは、毎日食べている、私が、認知機能向上ボウルと名付けた、中国産とチリ産でない、洗わなくてもそのまま食べられる表示のある、カナダ産のブルーベリー、一握りくらいと、ブルーベリーと一緒に取ると健康的に相性がよく、相乗効果のあるバナナを7ミリぐらいに輪切りにしたものと、約50度Cの温水に2分つけ、それから1Lに小麦粉大匙一杯を溶かした小麦粉水に5分つけて、それから水洗いし、農薬や汚れの心配をなくした、生くるみ三粒と、同じように処理した、生アーモンド五粒と蜂蜜をかけ、蜂蜜と健康的に相乗効果があり健康的に良いと言うシナモンを一振りしてかけ、シナモンは中国産のものはクマリンという肝臓に負担をかけるものが多く含まれているので、セイロン産のものに限りますが、最近そのことが知られるようになってか、ものすごく値段が跳ね上がっていますが、そもそも、セイロン産のシナモンがなかなか見つからず、スーパーにはSBの有機シナモンとして売っていますが、産地表示がなく、セイロン産のものであれば、必ずそれを表示しますから、それがないということは、中国産に違いないと思っており、購入せず、さらに探すと、先ほどのアバンセに、有機認証がついたセイロンシナモンが、 8g 498円と、とても高価でしたが、あったので購入したのですが、最近になって富澤商店に、有機認証マークのついたセイロン産のシナモンが、 20g 498円であったので、それを購入しましたが、そのシナモンを仕上げにふりかけたものと、もう一つ、私が美容と健康ボウルと名づけた、みかんなどの柑橘類や、キュウイフルーツやパイナップルやぶどうなど、ヨーグルトと、健康的に相性の良いものを組み合わせ、全部でなくても、冷蔵庫にあるそれらのものを、ヨーグルトと蜂蜜をたっぷりかけ、レモンの輪切りを作り、レモンは皮にも栄養がたっぷりあるということが分かりましたので、その輪切りの周囲を1ミリくらいずつカットしてバラバラにし、そうするとレモンの皮も食べやすくなって、全体がいい香りになり、少し酸味がついて味のバランスも良くなりますし、私はレモンの顔を捨てるのがもったいなくて仕方がなかったのですが、そうすることで、レモンの皮を捨てなくてすみますし、そういうやり方でレモンの皮も食べるようになったことも、過去一番と思える健康に貢献していると思っていますが、レモンを、そういうやり方で細かくして皮ごとそれに入れ、エクストラバージンオリーブオイルをひとさじ加え、シナモンを一振り入れて混ぜ合わせ、そこに、ミネラルウオータ―か、水道水を5分ほど沸騰させてカルキを抜いた水を300mLぐらい、温度を上げると、ゼラチンのタンパク質が分解して効力をなくするとありましたので、ゼラチンが溶ける程度のぬるま湯にして、森永のクックゼラチン5g一袋を溶かして、無味無臭、透明な美しいクリスタルゼリーを作り、そのクリスタルゼリーをスプーンですくっていれては食べると、甘みと酸味のバランスが良く、香りも良く、とても美味しく、クリスタルゼリーでコラーゲンも毎日撮れていますので、体調も良く、私は毎日、私が、認知機能向上ボウルと、美容と健康ボールと名付けたこの二つのボウルのものを食べるのが楽しみで起きるくらいです。 蜂蜜のことですが、非加熱のものでなければ、本当の蜂蜜の健康上の効果が得られないということで、私が思いつく、市内中の店舗を探しても、非加熱表示のあるものは、ミナモアにあるアバンセの、 300g 1500円のものだけで、それを使っていたのですが、巣蜜の方が、酢蜜のコアを作っている境目の栄養分が非加熱蜂蜜にはなく、非加熱蜂蜜にない栄養効果のあるものが含まれていると分かり、巣蜜は、非加熱か、加熱か、本物かニセモノかなどという心配がなく、疑いようもなく、間違いなく本物で、安心感もありますし、その巣蜜が、神戸物産系列の業務スーパーで、 200g 798円で売っているので、ずっとそれを購入し、朝一番の空腹の時に、吸収が良く、健康に効果的だということで、 17時間ファスティングが明けた最初に口にする飲み物として、非加熱蜂蜜の健康効果を損なわないように、 40度以下のぬるま湯に、巣蜜を大さじ一杯を溶かし、そこにセイロン産の有機シナモン小さじ一杯弱を合わせて飲むことにしていますが、それ以外の、美容と健康ボウルのヨーグルトに、甘みとしてたっぷり使う蜂蜜は、神戸物産系列の業務スーパーに、非加熱ではありませんが、有機認証マークがついた、インド産のシュンボルドンの雫という蜂蜜が、 500g 698円という安価で売っていますし、甘みが濃厚で、私はこの蜂蜜の味が大好きで、無味無臭のクリスタルゼリーを入れる、美容と健康ボウルとの相性が、味的にとても良いので、美容と健康ボールにたっぷりかける蜂蜜は、この、インド産のシュンボルドンの雫に決めています。
それから、最近分かって、前回の健康通信では言えなかった事に、お豆腐のにがりが、蜂蜜と健康的に悪く、絶対にやめた方が良いという動画がありましたので、蜂蜜とお豆腐を食べる時間は、3時間ぐらい間隔をあけて食べるようにしています。 それから、美容と健康ボウルに使った、キューイフルーツやブドウなどの果物類や、認知機能向上ボウルに使ったバナナやその他のレモンや野菜類などは、農薬や汚れの心配がないように、上述の生胡桃屋生アーモンドに下処理と同じ処理をして、皮ごと食べても安心なようにしています。
どんなに健康的に良い物だと言っても、それは健康な体の人に対してや、アレルギーを持たない方に対してですので、例えば、バナナやブルーベリーが健康的に優れていることは、有名なことですが、どちらもカリウムが豊富に含まれていて、サツマイモもですが、カリウムは腎臓に問題がない方にとっては、とても健康的によく、水溶性なので余分なものは、尿になって排泄されるから問題はないのですが、腎臓に問題を抱えておられる方は、尿となって排泄されない場合もありますので、医師と相談されて摂取されなくてはいけません。
今回の健康通信はこのくらいで。
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前回の101 thメッセージでお伝えした、私が、集いから去る決心をした、平成26年5月の二木会で起きた出来事!!
平成29年になって、やっと、事情説明が出来上がり、平成30年の定期総会の前日だったと思いますが、校長先生に事情説明を渡す為に、皆実高校を訪れ、校長先生はお留守でしたので、 当時の副校長先生が対応して下さり、副校長先生は、その時は、事の重大性を理解して下さっていて、校長先生に渡して戴くよう、事情説明をお渡しして、当時の森田同窓会長にも事情説明をお渡しする為に、針のむしろを覚悟して、平成30年の定期総会に参加した訳ですが、ただ一人、ことの重大性を分かって下さっていたと思う、副校長先生は他校に転勤され、お伝えしているように、森田前同窓会長には17期の問題だと言って、一蹴されて、事情説明を握り潰された訳で、私は、集いから引く前にも、杉浦非道のことの重大性をある程度分かっていたので、いきなり、同窓会長や校長先生や先生方に言う前に、集いの者達に分かって貰え、杉浦が常任幹事の立場を解任されさえすれば、他の期の者達に知られずに、母校の誇りと名誉と学園社会の健全と正常回復が出来ると思い、集いの者達全てに、ある程度の事情説明を送って、皆の前でハッキリさせようとして、集いから去った、平成26年5月の二木会に、杉浦に直接聞いて対決する意思を盛り込んで臨んだのですが、杉浦はこのことから逃げ、飲食がある程度終わると、ザワザワと、テーブルや椅子を移動させ、杉浦は、私の目の前に後ろ向きになって、全ての話を聞ける位置に座り、他の者達には、絶対に聞こえないように、テーブルを遠ざけて配置し、話が聞こえないようにさせ、中本の親友の山崎を、私の居場所にさせて集いにいられるようにさせてやるから、口をつぐめというようなことを中本と杉浦の聞いている状態で、山崎が私に言ったので、これは、中本と杉浦と大林と山崎と清水が談合して、杉浦を温存し、何事もなかったように見せかける為に、一旦、山崎と私が付き合っているような見せかけを作り、なんなら、付き合うように持って行って、中本と私のことを全くなかったことにする見せかけを作り、山崎から私の口をふさがせ、頃合いを見計らって、山崎から私を突き放させ、そのせいで私が集いに来られなくなったということにして、中二からの杉浦非道と、杉浦が、前述の自転車の思い出後、私と中本を続かせなくする為に、私貶め嘘を中本に呑み込ませ続け、体を張って、中本に取り付き、中本を私シカト旗頭にして、私を学園社会で抹殺し続けた非道を全くなかったことにする為に、そういう筋書きを作ったということは、バカでなければ、誰でも分かることで、集いの皆に送った、杉浦の犯した、中二からの非道の事情説明は、杉浦にも送っていましたので、杉浦が、何もしなくても、自然に学級委員に選ばれ続けていた私を学級委員から引きずり下ろし、二度と学級委員にならせない為に、私を学園社会で抹殺し切り続ける為の、色仕掛けも抱かせも、シカトしなければシカトの対象にする仕組みの構築もありの、ありとあらゆることをし続けた非道を、全て私に知られてしまったことを分かり、集いの皆の前で、そのことについて、私とやり取りすれば、自らの口で吐いた言葉で、私の言っていることが事実であると、証明することになる危険性があるので、それを回避する為に、私が申し出た、集いの皆の前で、その件について話し合いたいという申し出から逃げた訳で、私の言っていることがでたらめで、やましいところがなければ、むしろ私の申し出を、自らの潔白を証明する絶好のチャンスだと思い、喜んで受け入れ、堂々と私に反論し、逆に、私に怒りをぶつけた筈ですが、私との対決を中本から断らせて、中本や、杉浦自身が後ろ向きで聞き耳を立てている所で、もうひとりの中本の親友と言う山崎から、私の居場所になると言わせ、あれほど、私を二度と集いに参加させなくする為に、私貶め嘘を吹き込み続け、誰も、私と親しくなれなくする為の、ありとあらゆることをやり切り続けた作戦を変更し、山崎を監視役につけて、私を、一旦集いに残らせることを談合して決め、山崎の口から、その言葉を私に吐かせた訳で、それで私が応じなければ、私自らの意思で集いに参加しなくなっただけで、杉浦が締め出した訳じゃないという見せかけも作れるし、どちらの選択をしても、杉浦が私を集いから締め出す為に犯した非道をなかったことにして、いずれは、私を二度と集いに参加出来なくさせることが出来る筋書きで、考えに考え、杉浦非道を私に公言させずに、いずれ、頃合いを見計らって、山崎から私を突き放させて、杉浦が私を集いから締め出したのではないという見せかけを作って、私が二度と集いに参加出来なくなるようにする為に、ここ迄のことをしたのだということを私は理解し、こんなことをするほど迄、杉浦非道を私に公言されることを恐れたということですが、杉浦にやましいところがなく、もし私の言っていることが事実無根なら、杉浦と集いの皆の前で話し合いたいという私の申し出を絶好のチャンスと思って、私の申し出から逃げることなく、烈火の如く怒って、自分と中本は何の関係もないと言い切った筈ですが、それをせず、こんな姑息で薄汚いやり方で、私との対決から逃げたということは、私の言っていることが事実だと認めたも同然で、それもその筈、中本の特別の女として、段中で誰からも選ばれなかった杉浦が、中本のご意向で、今の立場を得ている訳ですし、中本が娘に私の名前を付けていることも、私が集いから消されていた、約45年もの間、親友達との間で私の噂をし続けていたというのも、中本の親友という、大林自らが暴露した事実、中本の嫁は私と似ていると言った大林の言葉もあり、私に似た女性と結婚したという事も、中本の口から出た言葉で、中本が20年来の家庭内別居だと大林が言ったのも事実、結婚は罠に嵌められたと中本が私に言ったのも事実ですし、私の言っていることが嘘で、杉浦は、中本とは何の関係もないということを、集いの皆に対して言うことが出来ず、中本に体を張って取り付き、中本と特別の関係だということを否定することが出来ないのです。 |
入院していた病院に、コンビニもATMもありませんでしたので、銀行にお金を振り込むことも出来ず、振込用紙で支払いをすることも出来ませんでしたので、固定電話の支払いが出来ず、入院中に、支払いが出来ず、固定電話は、 7月末で自動解約になっていますので、これ迄お伝えしていた固定電話の番号、 082-264-3125は廃止にされてしまい、電話局を換えても、この番号は復活出来ないそうで、これ迄、この番号で連絡して下さっていた方には申し訳ございませんが、この番号は廃番になりましたので使えなくなり、落ち着く迄、しばらくは、私のスマホ番号の090-6075- 3555で、ご連絡戴くしかなくなりました。
ご連絡戴く時には、事前にショートメールを戴ければと思っています。
今回はこれくらいで。
長文にもかかわらず、ここ迄読んで下さってありがとうございます。


























