中国による認知戦が公然と行われ、それに呼応する動きが日本国内にもあります。その中心がオールドメディアであり、反高市総理の野党であることは否めません。
そんな状況だからこそ、私たちは三島由紀夫が昭和45年7月上旬、当時の佐藤内閣に提出した建白書を思い出さなくてはなりません。これは闇に葬られようとしましたが、小室直樹が『三島由紀夫が復活する』のなかで取り上げたことで、私たちも読むことができます。
三島はリアリストに徹した分析を行いました。核を用いることができない限定戦争においては、中国のような共産圏が有利であるというのです。一つは国論統一の利点であり、もう一つは人民戦争理論によるヒューマニズムの徹底的な利用です。
かつてベトナム戦争反対が全世界のマスコミの主張になったように、今のアメリカでも、イランを攻撃したトランプへの風当たりは強いものがあります。自由な言論が分断を引き起こすことになるからです。
ヒューマニズムに訴えるということも、中国のような共産圏の常套手段です。マスコミもそれに同調します。人々の涙をそそるような出来事があれば、それを誇大に報道することが商売になるからです。
だからこそ、日本を守り抜くためには、私たちは自らの拠り所を確認しなければなりません。だからこそ、三島は「我々がごく自然な形で団結心が生ずる時の天皇。それから、人命尊重以上の価値としての天皇の伝統とこの二つのものを持っていながら、これを常にタブーにして手に触れることが出来ないままに戦後体制を持続してきた」ことを批判したのです。
三島が菊の大権が付与された国軍にこだわったのは、それ以外に日本を守り抜く術はない、と結論付けたからでした。小室は三島のよき理解者でした。わざわざその建白書を自らの本に掲載したのは、一人でも多くの人に読んで欲しいからなのです。
かろうじて現状は、ネット民が中国からの工作を撃退していますが、今後どうなるかは見当が付きません。三島が語ったように、国柄としての天皇の下に結集し、我が国独自の文化や歴史の連続性を確認しながら、中国の脅威に対抗するしかありません。これからではないでしょうか。真の意味での三島由紀夫が復活するのは。
