日本の左派リベラル政党は変革を望まず、現状維持に躍起になっている。その典型が日本国憲法へのこだわりである。立憲民主党という政党は参議院にはまだ存在するが、憲法を擁護する左派リベラル政党など、世界中を見渡しても日本だけである。
これでは若者に支持されるわけがないだろう。挙句の果てに、高市内閣が改革を進めることに対して、その代表格であるオールドメディアは「暴走するな」というのだから、本末転倒ではないだろうか。
現在の世界的潮流としての左翼リベラルの主流は、アントニオ・ネグリの「構成的権力」という思想である。それは国家の基本である憲法を制定する権力は、被支配者たる民衆にあるという立場であり、構成された体制を「構成的権力」によってひっくり返す抵抗権や革命権の発動なのである。
それとは一切無縁な日本の左派リベラルは、米国に押し付けられた翻訳憲法を、あたかも不磨の大典のごとくに仰々しく扱っている。立憲と公明の新党は、今回の総選挙で大敗北を喫したが、新たに選ばれた代表も、自分たちの憲法観を打ち出せずにいる。共産や社民もそれと大差がない。激動の時代に突入したにもかかわらず、そんな守旧派など見向きもされないのは当然なのである。
