海街diary
吉田秋生
小学館 フラワーズコミックス
全9巻
1巻発行日 2007/5/1

鎌倉の古い一軒家に住む3姉妹のもとに、異母妹のすずがやってきた。長女、香田幸(29)、次女、佳乃(22)はもとより、三女、千佳(19)も就職しており、スリーインカムである。すずは中学生。13歳。3人とも収入があるから、一人ぐらい養えるという幸の言葉が印象的だ。

 

4人の父親は同じであるが、母親はすずだけが違う。15年前、父親は母と3人の娘を捨てて、家を出た(その後、母親も死に、三姉妹は祖母に育てられたが、祖母も既に他界している)。出ていった父親と新しい女との子がすずなのだか、その新しい女も既に亡く、父親は2人の男の子を連れた女性と三度目の結婚をしていた。

 

父の訃報を受け、山形へ向かった三姉妹は、そこですずに出会う。三番目の妻は自分のことで精一杯で頼りなく、父の世話はもっぱらすずが行っていたのだと見抜いた幸は、葬儀を終えて鎌倉に帰る3人を見送りにきたすずに提案する。

 

鎌倉においで。

一緒に暮らそう、と。

 


透明で静かな空気感と優しい心に満ちた人たちの物語だが、ストーリーは結構えぐい。

 

僕にはとてもとても嫌いなテレビドラマがあって、タイトルを「渡る世間は鬼ばかり」というのだが、なぜ嫌いかというと、人間が普通に暮らしているだけなのにどうしても出てくるイヤあな部分、これを(小さなことであっても)丁寧に拾いあげて、これでもかこれでもかと大きくとりあげてすっごく見せつけてくるからで、こんなもの1日の仕事を終えて疲労を抱えてようやく家でくつろぐぞ、なんて時に見たくはない。

 

海街diaryも負けず劣らずイヤあな部分をクローズアップしてくる。例えば葬儀の場で、残された三番目の妻は2人の子供を抱えて大変だから、縁者から三姉妹は遺産を放棄してくれと言われるのである。


不倫、嘘で固めた恋人同士、遺産相続、病気によるサッカー少年の足の切断他、特に人の生と死に関しては機微に触れる。やりきれない思いに行くも戻るもできなくなってしまう話が、この物語にはいつもつきまとっている。

 

にも関わらず、海街diaryは透明感があり静謐であり、優しい心や強い心を持つ人々によって、世界を包んでくれる。そして、さらに優しさが育まれるのだ。


心を打つ一言があちこちにある。どの言葉に心を打たれるかは、おそらく読者によって違うだろう。
私が最初に泣いたのは1巻58ページ。すずが大泣きするシーンだった。病気の父、頼りない母、まだ幼い二人の弟。すずだってまだ子供なのに、子供でいることがゆるされなかった環境で、踏ん張って立っていたのだった。でも、三人の姉のおかげで、子供に戻ることができた。そして、泣きじゃくった。僕も、泣いた。

 

鎌倉ですずは、少年サッカーのチームに入る。チーム名は、湘南オクトパス。このチームでは、中学生までは女子も一緒にプレイできるのだ。でも、徐々に男女の体力差が顕著になる。中学卒業後もサッカーを続けるなら、女子サッカーのチームのある高校に進む必要がある。だが、遠い。鎌倉の家を離れることになる。だから最終巻のタイトルは「行ってくる」なのだ。

 

吉田先生の作品は、多分「BANANA FISH」の方が知られている。僕も好きな作品だし、テレビアニメにもなっている。(連載終了後ずいぶんたってからだったと思うし、そもそもアニメになってることを知らず、偶然観たのである。スイッチを入れたら目の前に見覚えのあるキャラが出ていて、あ、あれ? まさか? これBANANA FISHぽいけど、あら、やっぱりそうだ。といった具合だった)

 

でも、僕は恐らく、「海街diary」の方がもっと好きだ。映画も映画館で観た。(地上波テレビでも後に流れたはず)

冒頭は原作に忠実にベッドシーンだった。



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