犬とサンドバック

尾崎かおり

小学館 ビッグコミックス

上下巻

上巻発行日 2022/12/17

 

故郷の島へ戻って来た日子。34歳。島の子供達には「おばちゃん」と呼ばれたりするが、島育ちの青年、チマキは心の中で「おばちゃんじゃねえだろ」とつぶやいたりする。20代の彼にとっては、綺麗なお姉さん、といったところだろう。それは1巻のカバー絵を見ればわかる。作者は、読者にもそう思わせるため、渾身の「綺麗なお姉さん」を描いていると僕は思っている。

 

日子が東京での生活を捨て、島に戻って来たのにはいくつかの理由があった。

ひとつは、父親が危ないという連絡を受けたためである。

日子が家庭菜園で鍬を振るっているときに、チマキは回覧板を届けにやってくる。そこで2人は言葉を交わすのだが、「オムツかえなきゃ」の日子の言葉に、「子供がいるのか」と勘違いするチマキ。だが、そこには大人の男が寝転がっており、しかも日子のつぶやいたセリフは、「あ、死んでる」だった。

 

「お父さんの介護のために島に戻られたんですか?」と訊くチマキに、日子は「父が死ぬところを見に来たの」と答えた。
 
父親は酒浸りのろくでなしだったらしい。そのせいで、家族も離散。日子も東京で暮らし始めたが、颯爽とした容姿と雰囲気から想像するような華々しい暮らしぶりではなかったようだ。仕事はテレホンアポインターか苦情係みたいなことをしていたように描かれている。恋愛の相手は妻子もち。つまり不倫。島に戻るにあたって日子は、仕事も辞め、男とも別れている。
 
喪服を着て遺骨を抱えた日子に、チマキは、「あなたが一人ぼっちで可哀相だから、できることはしてあげたい」と宣言する。可哀相呼ばわりされた日子は、平均寿命の半分もまだ生きていない自分に、「生き抜いて見せましょう」と言い聞かせる。
 
無邪気に島を駆け回る子供達、チマキに恋心を寄せる少女、チマキと同じ時を生きる青年達、そして、チマキが普通でないことを知る周囲の大人たち。日々ゆっくりと過ぎてゆく島の生活の中で、チマキ日子は少しずつ想いを寄せてゆく。
 
そうして迎えた日子の35歳の誕生日。日子チマキは2人で過ごす約束をしていたが、日子は不倫相手から「東京に戻って来い」と連絡を受け、チマキとの約束をすっぽかして東京に向かう。そのことを知ったチマキも、日子を追うが。
 
読み進めていると、時々「共依存」というフレーズが脳裏にチラつくが、なぜかそうはならずに、前向きな恋愛への一歩へとつながってゆく。それは2人が、心の芯の部分で「残りの人生を生き抜く」強さと決意を持っていたからだろう。
 
 

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