ブラックジャック創作秘話
吉本浩二(作画) 宮崎克(原作)
秋田書店 少年チャンピオンコミックスエクストラ
全5巻
1巻発行日 2011/7/20

 

「ブラック・ジャック」の文字に飛びついたのだが、「このマン」の1位になってたんですね。購入時に帯を目にして知っているはずなのに、今、改めて見て、「そうだったんだ~」としみじみ。

 

まあ、すごい作品ですからね。正直、吉本先生の画風は苦手なのですが、手塚漫画の製作現場での修羅場を描くには、こうでなくちゃいけません。

 

ここで語られるエピソードのいくつかは、何かの機会にどこかで知った話として知っていました。でも、知らない話もたくさんあり、改めて多くの方(当時のアシスタントや編集者など)に取材をされていることがうかがえる。

 

巻数表示は、1巻だけがない。おそらく単巻の企画だったのだろう。だが、好評につき継続が決定、最初はまさしく「ブラック・ジャック創作秘話」だったのが、手塚先生やプロダクション全般に及び、「ブラック・ジャック」は手塚作品の象徴としてのタイトルとなった。

 

登場人物も多岐にわたるが、やはり強烈なのが、週刊少年チャンピオンの壁村編集長の存在だろう。昭和の体育会系を地で行く人で、令和なら誰からもNOとしか言われない仕事の進め方。だが、だからこそ当時のチャンピオンの隆盛があった。ていうか、日本はこういう人たちがいてのし上がってきたんだと実感する。今の日本がふやふにゃなのは、こういう生き方、仕事の仕方が全否定されているからに他ならない。

 

1巻ラスト、なかなか上がらない手塚先生の原稿。なんとかしろと走り回らされる編集部員。夜中まで、いや、朝まで、いやいや、朝になってもまだ描き続けるアシスタント達。

 

褒められたことではないが、僕は選択肢のひとつだと思っている。いやなら、そんな世界にいなくていい。でも、あってもいい。この選択肢を全否定されたことで、結局、格差社会が生まれ、貧困が根深くなっているのだ。バスが減便を余儀なくされ、物流は間もなく大停滞の時代に突入し、税金だけが取り立てられてゆく。

 

生き様の全てを「仕事」に捧げろと強制してはいけないが、そうしたいと思っている人、そうすることが幸せだと感じる人の考え方は全否定され、そういう選択肢が奪われる。心の貧しさとはそういうことだと思う。

 

さて、話が逸れた。1巻のラストシーン、手塚先生の原稿を待つ壁村編集長。会社の近くのバーで飲みながら、待つ。手塚先生の原稿を受け取った編集部員はバーに電話し、「間に合いました」と報告する。渋い。渋すぎる。

 

部下が徹夜で仕事をしているのにバーで吞んでるとは何事かと、今なら言われるだろう。だが、それが壁村さんのやり方なのである。昭和(戦後の昭和、というべきか)は、選択肢が多く、ダイナミックで、おおらかだった。そんな時代のありようも、この作品から読み取ってもらえればと思う。


おしむらくは、辻真先先生が登場してないのが心残りだ。

 

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