ハツカネズミの時間
冬目景
講談社 アフタヌーンKC
全4巻
1巻発行日 2005/5/25

 

現代社会から隔絶された私立蒼崚学園。その存在を知る一般人はいない。だが、生徒は存在している。子ども達は幼少時から学園に入れられ、全寮制で英才教育を受ける。生徒たちは外界からは隔絶されている。本科を終えると(多分、一般社会でいう高校の卒業にあたるものと思われる)、外界(一般社会)で暮らすためのカリキュラムも実施され、社会に出た後は、政治や経済の中枢で活躍する人材となる。

 

そんな風に言われ、信じ、従っていた生徒たちだったが、高野槙(男子)はずっと違和感を感じていた。何か大切なことを思い出そうとすると、頭の後ろが痺れて、よくわからなくなってしまう。そんな彼の違和感を決定的にしたのが、氷夏桐子の転入だった。

 

隔絶された世界で純粋培養することが目的のこの学園に、転入生は馴染まない。当然のことながら、学園は学園が意図しない形で生徒達が外の情報に触れることを良しとしない。だが、転入生は外で暮らした経験を学内で語るであろうから、学園の思惑に反することになる。はそこまで考えたわけではなかったが、「これまで転入生などあったためしがない」と思い当たる。

 

そして、は思いだす。桐子は昔、この学園にいたはず。いつの間にかいなくなり、自分も忘れていただけなのだ、と。同級生で仲良くしている園倉茗(女子)、新山椋(男子)、室樹棗(男子)は、彼女のことは知らないという。

 

だが、桐子は槙の感じていた通り、かつてこの学園にいた。そして、脱走したというのだ。5歳の時のことである。その際、桐子を誘ったというが、は記憶にない。そして今回、桐子は学園に連れ戻されたのである。

 

桐子は学園の秘密を槙に語る。学園は米軍基地の中にあり、世間には知られていない。知っているのは政府の一部の人間だけである。元はエリート養成を目的にしていたようだが、現在は私企業である鳴沢製薬の運営で、薬を開発するために、育てることのできない親から出産後に子どもを引き取り、人体実験に使っている。新薬の開発に成功すれば国家に莫大な利益をもたらすから、政府はこの所業を黙認している。

 

食事の度に服用が義務付けられている薬やサプリメントは実は人体実験の一環であり、の髪や肌の色が薄く身体が弱いことや、の色がよく認識できないといったことは、薬の副作用と思われる。そうしたことを桐子に伝え、再度の脱走を計画しているのでと槙に協力を求めるのだった。

 

だが、この脱走計画は失敗。あと一歩というところで、警備員に桐子は銃を向けられる。警備員がなぜそんなものを持っているのかと問う桐子に、「我々は警備員ではない。私設の軍隊だ」と答える男。連れ戻された桐子は薬漬けにされて、記憶を消去されてしまう。

 

この頃から、外の様子も作品内に出てくるようになる。

桐子が外にいたとき、彼女の世話をしていたという人物や、その周囲の様子である。桐子の2度目の脱出が成功していたら、梛の元に身を寄せることになっていたろう。こうした人物がいなければ、施設から出ても露頭に迷うことになる。そういう意味でも、この作品においては重要なキャラということになる。

 

学園に連れ戻された桐子も少しづつ回復し、再び達との交流が始まる。完全とはいえないまでも記憶を回復するところを見ると、鳴沢製薬が開発している薬は、文字通り開発中なのだろう。この製薬会社が開発しようとしているのは、脳をコントロールしたり、記憶を操作したりする薬なのだ。

 

桐子の話を「どこまで信用していいかわからない」としていた達も、学園の闇から逃げ出すことを真剣に考え始める。また、私設軍隊を持つなどしている鳴沢製薬にも、脆弱な部分があることがわかってくる。桐子たち、そして梛とその周辺の「外の世界」にいる人たちは、ここに付け入ることができるだろうか。

 

 

(漫画所持作品リスト 1509)