はらぺこ銀河
魚乃目三太
秋田書店 少年チャンピオンコミックス
上下巻
上巻発行日 2023/3/15
 
火星への定期貨物船をたった一人で任されていたオジサン。名前は星野大地というが、下巻になるまで名前は出てこない。そんな彼にもパートナーはいた。人工知能を搭載したノアというロボットだ。だが、ノアにしてもこの悲劇からは逃れることはできなかったようだ。火星への貨物船は、彗星に衝突されて大きく破損し、宇宙を漂流することになったのだ。
 
オジサンのなすべきことは、ひとつだけだ。救助が来るまで、ひたすら生きて待つ。食料は予備の宇宙食が相当あるようだし、遭難・漂流してはいるものの、生命維持に関する各種機構は正常に稼働しているようである。だが、オジサンは宇宙食にすっかり飽きてしまい、カップラーメンを食べたいと切望するようになる。幸い、積み荷にそれはあった。しかし悲しいことに、無重力の宇宙船内では、沸かしたお湯をカップに注ぎ込むことができない。そこで彼はノアのアイディアを採用して、貨物船の荷物の中から使えそうなものを選び、見事重力発生装置を作るのである。
 
こうしてオジサンの、無重力でさまざまな地球の懐かしい食べ物を作るたあめのチャレンジが始まった。その様子は録画をして地球へ向けての配信も始めた。
 
カレーライスにチャーハンに目玉焼きに自作のケーキに流しそうめんに焼き芋など、あらゆるものに挑戦するオジサン。チャーハンなどは予備の宇宙服のヘルメットを流用し、その中に熱風を吹き込むことで、強火でチャーハンを炙る中華鍋を再現してしまうほどだ。何億円もするヘルメットでチャーハンを作る漫画が描かれるなんて、NASAもJAXAも想像すらしていなかったろう。
 
一方、貨物船の運行会社は、表向きは遭難船の乗組員が無事でいることを祈っているようなコメントを出していたものの、実際は見捨てていた。たった一人の乗組員、たった一隻の貨物船。それを捜索・救助するのには莫大な費用がかかるからだ。つまりオジサンは、宇宙での自炊生活を楽しんだ後は、死を待つだけの運命だった。
 
貨物船から発せられる微弱な電波による自炊シーンの動画を受信した人もいるが、貨物船の会社はフェイクかもしれないと動かない。でも、これ本物じゃないの? そう感じた人たちが密かに動き始めるのだが、会社は様々なデータを隠蔽してしまう。
 
だが、ノアが通信機器を何日もかけて修復し、通常の出力で通信をおくれるようにした。そして地球で、彼の無重力クッキングの配信が始まった。多くの人が彼の生存を知ることになり、貨物船の会社も無視できなくなって、ついに救助作戦が始まった。
 
救出そのものも困難で危険なものだが、勇気ある人物がその役割を買って出る。こうして救助船は出発したものの、チャンスは一瞬しかない。救助船は難破船に追いつくためにはるかに速いスピードで接近してゆく。オジサンは難破船から船外活動用の宇宙服を着て、わずかなランデブーのタイミングを見計らい、救助船めがけて宇宙空間に飛び出すのだ。
 
物語の最大のクライマックスであるが、これをダラダラと引き延ばしたり、失敗と再チャレンジを繰り返したりといったことはなく、緊張感は走るものの、ちゃんと成功する。この流れに僕は、良質な童話の空気感を感じた。
 
ネタバレのような書き方をしているが、この漫画の見どころは他にもいろいろある。彼を救おうと考える温かい人たちの行動や、彼がこんなさみしい宇宙船のパイロットになった理由など、そういったところに読み応えがあるのだ。
 

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