アイムホーム
石坂啓
小学館 ビッグコミックススペシャル
全2巻
1巻発行日 2015/4/4

 

仕事がデキて、女にもモテる。やり手の銀行マンだった家路久の生き様が一変したのは、単身赴任中の事故によるものだった。一命はとりとめたものの、一酸化炭素中毒の影響で、記憶の一部がまだらにかけてしまうという後遺症が残ったのだ。

 

この事故にあった時、久は既に最初の妻とは離婚していた。妻と娘のスバルを残して自ら家を出ている。その後、すぐに新しい奥さんと籍を入れている。この時、新しい奥さんのお腹には子供もいたようだ。

それらのことも久の記憶からは抜け落ちており、そのせいで退院後自宅に戻った自宅では、まるで他人の家族の中で一緒に暮らしているような気分になっていた。

 

それだけならまだしも、は新しい妻と子の顔も表情もわからなくなっていた。久にとっては、まるで仮面をつけたかのように見えるのだ。作品中、新しい妻と子の顔は、全て仮面を被った状態で描かれていて、読者にも容姿や表情は示されない。そんな家庭に、毎日、は仕事を終えて帰宅していた。

 

時間の経過とともに記憶が少しずつ戻ることを期待しつつも、無くした記憶のせいでミスを繰り返す。同じミスを繰り返さないためにメモを取り、会社もリハビリを兼ねたような状態で、激務ではない部署に配置されていた。

 

彼のポケットには、鍵束がある。記憶をなくす前に自分が出入りしていた場所のものだが、それがどこの鍵なのか、判明しているものもあれば、そうではないものもあるようだ。そして、無意識のうちに行動し、その鍵を使って元いた場所に帰ってしまうということがあった。

 

その日、は別れた妻と子と一緒に住んでいた家に、何の疑問も持たずに帰宅してしまう。庭には洗濯物が干してあるというのに、突然の雨。家族の一員として当然のように洗濯物を取り込み、アイロンがけなどをしているところへ、娘のスバルが帰宅し、大騒ぎになってしまう。

 

が出た家には、元妻が新しい夫を迎え入れており、そこには別の家族の生活があったのだ。ノコノコ戻ってきていい場所ではない。だから現在の家に戻るのだが、そこには、仮面をつけた今の妻と息子がいるのだった。

 

そしてまたある時は、かつて不倫していた女の部屋を訪ねてちあり、フラリと実家に帰っていたり、鍵を持っているという理由で友人の家に勝手に上がり込んでいたり(この時は、わかっていて上がり込んで、友人の帰宅を待っていた)など、突飛な行動をおこしてしまう。

 

かつての同僚や友人などから話をきいて、自分の欠落した記憶を補おうとするが、核心の部分は得られない。どうして離婚をしたのか、そして、なぜ新しい家族がいるのか、新しい家族のことを自分は愛していたのか?

 

娘のスバルとは仲が良かったようで、元妻が病気入院の際に、新しい夫が海外出張中だったこともあって、スバルが頼れるのは久しかおらず、わだかまりはあるものの関係性が修復されてゆく。彼女の口から漏れるいくつかの本音から、欠落した記憶のピースのいくつかが埋まりかけるものの、肝心の部分は取り戻せないままである。

 

なぜ離婚して、どういう経緯で再婚したのか?

 

新しい家族との生活を続けることに疑問を深めた頃、海外への転勤の話が持ち上がる。そんなある日、自宅マンションが火災に見舞われる。帰宅したときには消防隊が消火活動中で、しかし逃げ出した人々の中に、妻も息子もいない。消防士の制止をふりきって燃え盛る建物の中に走りこむ。炎に包まれた部屋の中に妻と息子はいた。息子をおんぶしてしがみつかせ、既に意識の無い妻は抱きかかえて脱出を図るが、も途中で意識を失った。

 

二度目の一酸化炭素中毒で記憶が蘇るというような甘い展開は用意されていない。

病室のベッドで目覚めたが、次にとった行動は……。

 

記憶をなくすとは、これまで積み重ねてきた過程を喪失する、ということ。仕事なら「生活のためにお金を稼ぐ」という目的があるからいいが、家庭を作り上げてきた経緯をなくして、家族と認識できなくなったら? その時、家族は成立するのだろうか? そもそも何をもって家族とするのだろう?

 

(漫画所持作品リスト 1236)