蛮勇引力
山口貴由
白泉社 ジェッツコミックス
全4巻
1巻発行日 2001/11/5
 
東海道新幹線「のぞみ」から、東京駅改め神都駅に降り立った大胆不敵なその男、名を由比正雪という。所持金が260円しかなく、自動改札機に掌をかざした瞬間にそれが読み取られ、落とし穴に落とされ、強烈な電磁波を浴びせられる。つまり、電子レンジである。普通は死ぬであろうところが、不屈の精神で立ち上がり反撃し、かつ逃げる。
 
太陽光線にあたったら体温が上がるというのは電子レンジと同じ理屈らしいが、懲らしめるための人間用電子レンジに放り込まれてグッタリしたのに、次の瞬間に逃げ出すところなどは漫画的フィクションなわけだが、今、読み返すと、背筋が凍る。
 
掌をかざした瞬間に所持金260円が読み取られてしまうって、これって、まさしくマイナンバーカードの近未来だよね。漫画が描かれてから20年以上たっているけれど、もう現実にありえる話になっている。
 
東京は神都と名を変え、徳川神機力産業が支配していた。450万メガワットの電力を1300年にわたり供給できる発電所をはじめ、超ハイテクによって都民は便利で安寧な暮らしを享受していたが、人間らしさはどんどん失われ、そして機械化によって仕事を奪われた人たちがあふれていた。
 
路上生活者達は神都防疫隊によって、排除される。
神機力にも神都の体制にも反旗を翻す正雪。
神都大駅長、神都防疫隊、石原都知事など、徳川が正雪排除のために次々と繰り出す協力な敵。石原都知事などは神機との融合種(身体の至る所にハイテク機器が埋め込まれている)であり、石原の後を継ぐ松平伊豆守信綱などは、もはや融合種ですらなく、ロボット。
 
一方、野勇なる正雪の引力に惹かれ、集まってくる者も多い。路上生活者である金井半兵衛(名前はこうでも、かわいい少女である)、戦いで傷ついた正雪を匿ってくれた都民で女性タクシードライバーである朝露歩。
夫を神都防疫隊に殺された響銀狐は、常に人形を抱いていおり、気が触れたような描写もされているが、実はその人形には復讐のためのマシンガンが仕込まれている。
 
追い詰められた3人が再起を図るために移り住んだ失業者区画「やすらぎ」では、かつて正雪を育ててくれた貝蔵や、原子力決死隊の丸橋など、徳川神機に殴り込みをかけることになる仲間たちとも出会う。
 

こうして徐々に仲間を集め、力をつけっていった正雪は、ついに徳川の本拠地へ対決のために乗り込む。ラスボスである徳川惑星は、ハイテクに守られているだけの老人ではなかった。正雪と対決して決して引けをとらない魁偉な人物であった。

 
人間がそこまでになれるものか? 人間にそんなことができるのか? というところまで力を発揮しなくてはならない状態が描かれるのは、「覚悟のススメ」や「劇光仮面」と通じるところがある。山口先生の作品はこの他に「シグルイ」が知られるが、こちらは「剣の道を極める」という所が、人間離れしていても納得できる部分である。だが、「蛮勇引力」はもう、気合の世界だ。「劇光仮面」のようにギミックを満載した鎧を装備するわけでもない。最後の戦いでは、仲間がアーマーを着用していたり、正雪も武器を持っていたりはするのだが、それでも「気合」というか「心意気」というか、そういったものをしっかりと心の中に携えて、万能な文明に支配されることを拒否し、人間らしく生きることを貫こうとする。
 
山口先生の作品に惹かれる漫画ファンは多いが、この作品だけ「知らない」という人は結構いる。一読をお勧めしたい。
 
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