プライムローズ
手塚治虫
秋田書店 少年チャンピオンコミックスエクストラ
全4巻
1巻発行日 1989/11/5

 

「いつの時代かも、どの場所かもわからない」で物語は始まるが、どうやら遠い未来の模様。古代ギリシャ然とした宮殿や、中世風の晩餐会などもあるが、町の様子は現代っぽく、しかし科学技術ははるか未来のようである。

 

少数民族もいるようだが、支配階級であるグロマン人と、支配されているククリット人、概ね世界はこの2人種である。長い戦争の末、支配する側とされる側が決定的となり、戦争は終結。平和の証に、第三王子と第三王女が交換された。支配・被支配という関係が成立しているのに、この人質交換は少し不自然な気もするが、長い戦争に疲弊しきって、武力による抗争は二度と起こしたくないという意思の表れと理解しておこう。

 

しかし、この人質交換が、それぞれの運命を揺さぶるのである。最近では「金の国 水の国」という漫画でも、こうした交換劇は行われている。ただし、王子と王女、などという平和な交換ではなかったのだが、そこはネタバレになるので触れないでおこう。

 

さて、グロマン人の第三王女であるエミヤは、この人質交換によって、ククリット人の貴族の養女として育てられた。ある日、グロマン人の王族の子弟、ピラール殿下に舞踏会で見初められ、ダンスの相手に指名される。しかし、エミヤはこれを断った。エミヤにはタロという恋人がいるからだ。

 

ククリット人の貴族であるエミヤの養父にとって、支配者であるグロマン人の言葉は絶対である。養父は徴用局に連絡してタロを捕えさせ、劣悪な環境で強制労働をさせ(多くはそのまま死んでしまう)る。コロニーと呼ばれる収容所に連れ去られタロを助けるため、エミヤは家を出る。

 

グロマン人であるエミヤは、身に危険が迫ると石のように固くなって身を守るという体質を持っている。また、スウォードプレイという剣術の選手でもあった。さらに、ルンペンのような風体の謎の老人と出会い、剣の手ほどきも受ける。こうして彼女は戦いに身を投じてゆく。それはやがて、タロを取り戻すためではなく、理不尽に支配されたこの世を変えるための戦いとなる。

 

ところで、作品タイトルの「プライムローズ」。これはエミヤのことであり、作品後半では彼女自身が「プライムローズ」と名乗ったりもするのだが、実はこの作品には、エミヤを軸とした流れの他に、もうひとつ、軸がある。それが、タンバラ・ガイを中心に「タイムスリップ」ものとしての物語だ。

 

タンバラ・ガイは、グロマン人でもククリット人でもなく、はるか昔の日本からやってきた「タイムパトロール」である。ある時、突然消えてどこかへ飛ばされてしまった日本の九十九里という土地がどうなったのかを調べるために、過去から未来へとやってきた。この世界では、コロニーの監視哨の役人として、侵入者や脱走者を捕えていた。タロを助けるためにコロニーに侵入したエミヤが、最初に会ったのもタンバラ・ガイである。なので、比較的作品初期から登場している。

 

やがてガイは、コロニーの囚人たちを集めて地下組織を作り、反乱軍をまとめあげる。それだけではない。グロマン人とククリット人の出自も調査していたのである。

どこ、とも、いつ、ともわからない世界を舞台にしたSFファンタジーではなく、現代の地球のなれの果てを描いたのがこの作品だったのだということが、物語終盤で明かされるのである。

 

秘密裡に打ち上げられた攻撃用軍事衛星。それが経年劣化でふたつに割れ、片方がアメリカおダラス、もう片方が日本の九十九里に落ちた。そのショックで未来へ、それらの土地は住む人もろとも、とばされていったのである。その人々がグロマン人であり、ククリット人なのだった。タイムマシンを所持しているタンバラにとっては、ここでの調査が終われば、十分成果をあげたとして元の世界に帰っても英雄扱いはかわらなかったはずだ。

 

だが彼は、レジスタンスのリーダーである。タイムマシンがあるからといって、逃げだせる立場に、もはや無かった。それでコロニーを爆破し、奴隷と変わらぬ暮らしを強いられてたコロニーの人々を解放しようとするのだが、これは失敗に終わる。

 

それならばと彼が選んだ選択肢は、このきっかけを作った攻撃用の軍事衛星へのアプローチだ。タイムマシンで過去に戻り、根本からこの兵器を叩きつぶす計画を立てる。人工の衛星であるのだから、打ち上げ前に消滅させてしまえれば、このような悲劇は起こらない。しかし、そこに手を付けることは歴史の改変となるので、タイムパトロールに許された行為ではない。これを実行すれば、自ら墓標を立てることになる。

 

物語の主軸が動いてしまうことや、ほぼ裸のエミヤの戦闘コスチューム(実用性はかなりなさそう)など、非難の多かった作品でもあるらしい。連載からコミック化に大層な時間が経過しているところから見ても、手塚先生も苦しまれた作品だとなにかに書いてあるのを読んだことがあるが、やはりそうなのかと思う。連載開始が1982年、初単行本化が1989年では、いかにも遅い。もしかしたら、本人の手による修正や書き足しが行われていたのではと推察しておこう。

 

(漫画所持作品リスト 1065)