Dr.コトー診療所
山田貴敏
小学館 ヤングサンデーコミックス
1~25巻+特別編
1巻発行日 2000/12/5

無医村の孤島にやって来たコトー。これまでろくでもない医者しか来たことのなかったこの島で、彼は歓迎されない。しかし、島民への献身的な医療と彼の人柄で、徐々に受け入れられてゆく。
 
離島の診療所なので、医療機器なども限られる。看護師は1人。そのような環境の中で、困難と思われる手術や治療をほどこしてゆく。また、診療所を訪ねてきた島民だけでなく、島の日常生活の中で出会った人の身体の不調も見抜いてしまうなどのエピソードもある。腕がいいにも関わらず離島に飛ばされたのには原因があり、そのことも作中で語られる。
 
ストーリーは面白く、医療的なことも知的好奇心を満たしてくれるし、先が気になる展開も続くし、読者(僕)に「読み続けていたい」と思わせる魅力ある作品である。だが、一方で、心酔もできなかった。
島の住人達も一部そうだが、外からやってくるゲスト的なキャラクターは、医療関係者も含めてだいたい屈折していたり、腹に一物を持っていたりするのが原因である。良い人でも、変な人だったりする。
 
憎まれ口ばかり叩く島の住人シゲさんは、別に屈折しているわけでなく、本当に口が悪いだけで、一度コトーを信用してからは絶大な信頼を置いており(でも、相変わらず口は悪い)、人情家でありつつも素直になれない性格なので、知ってしまえばカワイイ野郎というか愛すべき人物像ともいえるし、なんだかんだ言いながら、島の人たちはコトーのことを無くてはならぬ人という認識になっていくのだが、外来者(ゲストキャラ)には僕はあまり良い印象を抱けなかった。
 
新たにやってきた看護師のナミちゃんですら、明るくて元気なのだが、診療所中をヌイグルミとおとぎ話のようなイラストで埋め尽くすという変人だ。看護師の技量が、先輩看護師の星野さんには遠く及ばないのは仕方ないとして、思い込んだら、それをベストと信じて疑わない部分がある。一般常識で言えば、「それは、やりすぎた」と、説諭して改めさせるところだが、彼女の想いを「まあそれもアリかな」という落としどころに持っていくのはさすが漫画のストーリーテリングによるものだなと感心する。が、普通ならありえない。それをアリにすることで、作品の特徴としているのだろう。
 
このあたりまではまだ救いがあるのだが、救いの無いキャラクターも次々登場する。根っからの悪人として成敗されるならまだしも、そこに至るにはこんな事情があり、それによりコトーのことを良く思っていないとか、そういうことが出てくる度に、僕はイヤあな気分になる。そういうのは好きじゃないのだ。コトーが窮地に陥り、やがて誤解が解けたり、真意を理解しあったりして、みたいな物語としては王道でも、Dr.コトーでそれをやらなくても、という思いはある。医療技術を含めて、コトーの活躍を描くには、日常と人情だけで十分やれるとも思う。娯楽(エンタテイメント)で、そこまでいやあな気持ちにさせなくてもいいじゃないかと思うのだ。
 
連載時の「次回へ続く」の場面で、「このことが、どんでもないことを引き起こすことになる」と、いちいち書いてあるのも鼻につく。「このことで、何かが勃発するだろう」なんてことは、書かなくてもわかる。でも、いちいち書く。「じゃあ実際に何が起こるんだ?」ということは読者にはまだわからない。でも、作者は知っている。それが腹立たしい。「何か起こりそうな気がするけど、(主人公が困難に直面するようなことは)何も起こらなければいいな」と願いつつ、では本当に何か起こるのか杞憂で終わるのか、それがわからないのがフィクションのいい所だ。そうして、「わあ! やっぱりエライことになったな」と感情移入したり、「何事もなくて良かった」とホッとしたりするのが良いのだ。「何事かが起こる」と表明してしまって、どうする?
 
さて、コトーが活躍できたのは、唯一の看護師、星野さんの技量によるところも大きい。性格も最高に良い。まさしくスーパー看護師である。島民の信頼を得てからは、周囲の協力も大きかった。これも、コトーに技術と人柄だけでは、無理とまでは言わないが、星野さんの働きによるところが大きい。その星野さん、コトーの後ろ姿に、医師になることを決意する。いったん島を離れて医大受験を目指すが、挫折して戻って来ることになった。これもこの作品の見どころと思う。
 
星野さんの決意を読んだとき、看護師がいったんその職を離れて、収入を絶たれた状態で、医大へ通い、医師免許を取得して、研修医として研鑽を積み、なんてのは無理だろうと僕は思った。それを無理やり、星野さんの夢をかなえさせていたのでは、さすがにご都合主義に過ぎるだろう。
 
残念ながら現在、長期休載のまま未完となっている。映画化をきっかけに、連載再開してくれれば良いのだがと思っていたが、そうはならなかった。事件が起きて、その真相がわからないまま中断している。作者体調不良によるものらしいので、一介の読者がどうこういうべきものではないが、漫画の製作システムの中で、なんとか救出することはできないだろうか、とも思う。例えば、作者が構想を語り、それをライターが口述筆記し、それを元に作画スタッフが作品に仕上げる、など。このような段取りを整えるのは、出版社や編集部の仕事だと思う。しっかりとした制作スタジオを整えてあって、作者が故人となっても連載が続く例もあるにはあるが、そんなの「ゴルゴ13」と「タツノコプロ」くらいだろう。手塚プロでもそこまでには至っていないと思う。
 
Dr.コトーにおいては、せめてあと1~2冊、形だけでも完結してもらえると嬉しい。離島医療に終わりはないのだから、未完になっている部分を結末まで持って行って、「そして、今日も診察は続くのです」で終わって構わないと思う。
 

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