平安時代、空海と最澄という二人の秀才がほぼ同じ時期に登場したのは歴史の不思議である。
日本における仏教の哲学的思惟はこの二人に極まる。
延暦二十三年(804)同じ遣唐使船団に,最澄は「還学生」空海は「留学生」という仏教修学の徒として中国へ渡っている。
二人の青年のこころざしもよく似ている。
最澄は二十歳のとき「願文」を書いている。「無所得を以って方便となし、無上第一義のために金剛不壊不退の心願を発す」
いっぽう空海は二十四歳で有名な「三教指帰」を著している。
帰国後の二人の活躍は、最澄が「天台宗」を開き、空海が「真言宗」を開いたのは周知のとおりである。
あえて二人を分ければ、最澄は稀代の秀才、空海は空前絶後の天才ということになろう。
最澄は秀才の名にたがわず比叡山を仏教の総本山とするべく「円蜜一致」のシステム化に取り組んだのであるが、繊細さゆえ晩年は徳一との教義論争にノイローゼ気味となっている。現代でいえば株主総会で総会屋にすごまれてあわてるまじめすぎる社長の姿を連想するといい。
いっぽう空海はいわば新進気鋭の天才実業家といういでたちである。
平安時代のスティーブジョブスというところ、プレゼンの天才であった。ときのインテリ嵯峨天皇をとりこにしてしまう。
ふたりは立場の違いから一見けんか別れしたようにみえるが、同じ志を持つ秀才と天才同士、こころの奥ではおそらく通じ合っていたはずである。
さて、
宗教と哲学、これほど似て非なるものはないだろう。
信仰とはいわしの頭であれなんであれまずは「信じる」ことである。いっぽう哲学とはとにかく「疑う」ことである。
あなたの人生にとってどちらが幸福かといえば宗教の信仰心に軍配が上がる。信仰による安寧は長く、死をおそれない。
哲学徒は猜疑心のかたまりである。多くの哲学者はこの世を憂いまずその死を受け入れられない、厭世的でペシミストである。
逆に宗教と哲学がいかに近しいかはその歴史を覗けばよくわかる。
一般に哲学の発生を紀元前5世紀ころのギリシャに求めるが、ちなみに釈迦は紀元前463年の生まれである、以降インドでは仏教研究が熱心に行われ5世紀ごろに沸点となる。
16世紀、デカルトが「われ思うゆえにわれあり」と近代哲学の扉を開くが、すでにインドでは5世紀には「唯識」についての論議がさかんにおこなわれている、カント顔負けである。
現代人が宗教に眉をひそめるのは「宗教」が語る来世思想であろう。
だれも見たことのない死後世界を天国といい極楽といい、見て来たような楽園説法に笑ってしまうからだ。
わたしは、あの世があればキリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、新興宗教まで入り乱れて現世よりはるかに喧騒な社会となっているであろうと思ってしまう。
「あの世のことはわからない」と言った正直者の宗教家は、知る限り「道元」ただひとりである
もし現代のこの科学信仰絶対のパラダイム転換が起こりうるとすれば、多くの物理学者が予言している物理学における五次元世界の発見であろう。
ニーチェの永劫回帰説もその予言なのだと言われれば納得する。

この春、ハードボイルドドラマの秀作が立て続けに登場してテレビドラマファンのおじさんたちを喜ばしてくれる。
TBSの「MOZU百舌」とNHK「ロンググッドバイ」である。
両作品とも話題の原作をうまく読み込んで脚色、俳優やカスタムデザインも選びに選んでの力作である。
いままでのテレビドラマのワクを越えて秀逸な出来栄えである。
気になるのは両作品ともやたらとタバコを吸う場面が多いし、またその格好がいい。
最近のアメリカ映画やドラマでもやはり多くなっている。
宮崎駿のアニメ「風たちぬ」では喫煙シーンが多いとのクレームがあったらしいが、これらドラマではどうなのか。
おそらく訴訟ごとにはならないだろうとの判断と、そこまでとやかく言うことはないだろうという時代の空気がゴーサインを出したのだろう。
受動喫煙は迷惑な話だが、注意書きをいやほど読んだのち、それでも当人が喫煙するのは別段どうということはない。
国からすれば税収はあがるし、死亡率が高ければ医療2050年問題の一助ともなる。
「MOZU百舌」と「ロンググッドバイ」喫煙シーン解禁の先鞭となるのか、視聴者の反応が楽しみである。
舟を編む 通常版 [DVD]/松田龍平,宮崎あおい,オダギリジョー

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映画になりにくい原作を納得させている最大の要因はいうまでもなく松田龍平の名演技。
出版社にはいそうで決していないキャラ。
あの演技のカリスマスター松田優作の長男、徹底振りは親父に似ている。
映画の中ほどで鴨居にひたいをぶつけるシーンがあるが、あれは痛い。
おそらく本当にぶつかってるんだろうけど、いたそー。
脇をしめる役者ぞろい、それぞれの名演技に感動するが、
とくに老学者加藤剛の体を張った演技がいい。
あまり演技派と呼ばれることのないスターだが、
癌におかされて死の床に着くまでを、少しずつやせ衰えてみせる。
あれは覚悟の演技だろう。

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おそらく本当にぶつかってるんだろうけど、いたそー。
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とくに老学者加藤剛の体を張った演技がいい。
あまり演技派と呼ばれることのないスターだが、
癌におかされて死の床に着くまでを、少しずつやせ衰えてみせる。
あれは覚悟の演技だろう。
スコット・トゥローのベストセラー小説というより、
1990年公開の映画「推定無罪」の続編といったほうがわかりやすいでしょう。
法廷ミステリー映画としてはおそらく名作「情婦」につぐ傑作映画でした。
推定無罪 [DVD]/ハリソン・フォード,ブライアン・デネヒー,ラウル・ジュリア

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主人公ラスティ・サビッチをハリソン・フォードが演じ、とくに高額弁護士サンディ・スターン(ラウル・ジュリア)の颯爽とした登場には当時の日本映画ファンは唖然としたものでした。
万事金次第のアメリカ法曹界の内幕をこれほど鮮やかに、かつ肯定的に描いた映画はほかにありません。
さらにヒット作だけにラストシーンが倫理的にどうなのかと話題になりました。
原作者スコット・トゥローへの関心はこの映画からはじまりましたが、その後「立証責任」「有罪答弁」と重厚な法廷ミステリーを連発し「死刑判決」まで、あの読書家児玉清さん絶賛のシリーズとなりました。
ただ「推定無罪」のラストは法律家スコット・トゥローにすればつねに胸のうちに引っかかっていたのでしょう。
あれでいいのか、サビッチ夫妻はその後の人生を無事に送れるのだろうか?そのわだかまりは読者にも、映画ファンにも重く残っていたのです。
そしてなんと23年後、続編「無罪」が出版されました。
無罪 INNOCENT/スコット トゥロー

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なつかしい主人公たち、ラスティ・サビッチ、バーバラ・サビッチ、弁護士サンディ・スターン、執念のようにラスティを追うトミー・モルト検事たちが出揃います。
物語は冒頭バーバラ・サビッチの死からはじまります・・・
いま、ミステリー小説「無罪」を読もうとされる人は、23年前の「推定無罪」を読まれるか、映画をDVDで観られてからにしましょう。
長くスコット・トゥローファンの人は、23年前自分は何をしていたか、社会はどんなだったかを懐かしみ、
そして20数年後に続編に出会えた今日の幸福に感謝しましょう。
ありがとう、スコット・トゥロー、なるほどの結末でした。
イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスター [DVD]/ジャンカルロ・ジャンニーニ,ラウラ・アントネッリ,ジェニファー・オニール

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アンドレイ・タルコフスキーの映画、ローラーとバイオリンからサクリファイスまで8作品すべて傑作ですが好みが分かれる映画です。(「鏡」をみていませんので7作品の評価)
ただ、なかなか映画のなかに入り込めないんです。
そこでタルコフスキー作品を観るコツ(そんなにしないと見えないの?)
1.能の観劇と思えばいいです。
能では、はじめ橋掛かりからゆっくりシテさんが現れますが、これがこれからはじまる劇時間のテンポを示しています。タルコフスキーの映画もはじめに映画全体のテンポを示すなんでもないシーンから始まり、ラストもシテさんが橋掛かりに去るように静かに終わります。(どうぞ退屈されないように、そういうテンポなんです)
劇そのものも能のように最小限の象徴的な表現で劇的な意味を表しています。
真剣に目をこらし、耳をそばだてなければ、見えないし聞こえない。
それはかすかな画面のゆらめきであったり、かすかな効果音であったり、タルコフスキーがいざなうのです。
2.ルネ・マグリットのだまし画を観るように
imagesマグリット
ルネ・マグリットの画のおもしろさはだまし画のような不思議なざわめきを感じさせるところでしょうが、タルコフスキーの映画もそういうざわめきを感じます。もちろん監督の周到な計算づくで。
多くの作品で「空中浮遊」のシーンが出てきます、これなに?と驚かれませんように。
3.不条理劇です
物語はぶつぶつ切れ、劇中の会話は成り立たない。右手に去った人が左手から、一階にいるはずの人が二階にいる。観客の物語の常識を意識的に壊してしまいます。
以上のこころの準備で観ますと、これがおもしろい映画なのです、ハマリます。

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ベニスに死す [DVD]/ダーク・ボガード,ビョルン・アンドレセン,シルバーナ・マンガーノ

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百年(ももとせ)に一年(ひととせ)足らぬつくも髪
われを恋ふらし面影に見ゆ (伊勢物語 六十三段)
ヴィスコンティの「イノセント」に次ぐ傑作。
前作の「地獄に堕ちた勇者ども」と次作「ルードリィヒ」の三作品でドイツ三部作といわれているが、ヴィスコンティ自身はトーマス・マンの「魔の山」を映像化してドイツ四部作にしたかった、と聞く。
ヴィスコンティは主人公を作家からマーラーとおぼしき作曲家に脚色し、原作と印象は違うが「時間の文学」というマンの思想を的確に映像化している。
それを一言でいえばエントロピーの法則といえる。散逸構造体でないかぎりすべては死に向かう、崩壊するということ、文学的にいえばデガダンスの極致である。
気がつかぬことだが、冒頭の老朽船にある「エスメラルダ」の名が暗示するもの、映画の全編をつらぬくテーマになっている。

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われを恋ふらし面影に見ゆ (伊勢物語 六十三段)
ヴィスコンティの「イノセント」に次ぐ傑作。
前作の「地獄に堕ちた勇者ども」と次作「ルードリィヒ」の三作品でドイツ三部作といわれているが、ヴィスコンティ自身はトーマス・マンの「魔の山」を映像化してドイツ四部作にしたかった、と聞く。
ヴィスコンティは主人公を作家からマーラーとおぼしき作曲家に脚色し、原作と印象は違うが「時間の文学」というマンの思想を的確に映像化している。
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気がつかぬことだが、冒頭の老朽船にある「エスメラルダ」の名が暗示するもの、映画の全編をつらぬくテーマになっている。
ヴィスコンティの美学「イノセント」
極上のスィーツを時間をかけてゆっくり味わう、そんな楽しみである。
イタリア映画最高の美しい絵をハイビジョン映像で家庭で観られるのは幸せなことである。
とはいえヴィスコンティやタルコフスキーのブルーレイ作品はツタヤでも見かけないし、買おうと思えばずいぶん高い値段がついている。
「イノセント」はほぼ30年ぶりに出会った。
記憶よりずっと美しかった。
話は源氏物語の柏木,若菜に似ている、さすがに源氏では嬰児殺しはないが、主人公の苦悩は同じものである。
「いかばかり恋てふ山の深ければ
入りぬる人まどふらん」 古今六帖「恋の山路」
源氏物語 若菜(下)
谷崎潤一郎は光源氏にまったく共感できない、といったがイノセントの評判がいまひとつ良くないのも同じ理由であろう。
しかし中世から続くイタリア貴族の末裔にしか出来ない画作りを堪能した。
傑作である。イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスター [DVD]/ジャンカルロ・ジャンニーニ,ラウラ・アントネッリ,ジェニファー・オニール

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