いつか、
自分の墓に花が咲くのなら、
どんな姿をしているのだろう。
まだ、
名前も香りも知らないあの花に、
私はこう名付けたい。
「始まり」だと。
1.
今年の3月、
7年の恋が終わった。
友達に連絡した。
「別れたよ。
なんか、海が見たい。
見に行こう。」
海は、
あの人との思い出がたくさん積もっている場所だった。
別れのきっかけは、卵粥。
風邪を引いた友達に卵粥を作ってあげたという話をしたら、こう言われた。
「人のことなんか気にしてないで、自分のことでも心配してなよ」
「自分のこともちゃんとできてないのに、なんで人のことまで気にするの?
心配だから言ってるんだよ」
初めて私の方から謝らなかった。
それから3日後、
私たちは、完全に別れた。
卵粥を作ってあげた友達は、もう18年の付き合いだった。
仕事のため、ちょうど1年前に近所に引っ越してきた。
私から近所の他の友達も紹介し、
3人で週1回ぐらいは遊ぶ関係だった。
もう結婚して、
別の地域にまた引っ越すと言っていた。
自分の別れについて、
あの子にだけは、言わなかった。
釜山旅行についても、言わなかった。
事情を知っている別の近所の友達は、
それについて、何も言わず、旅行の計画をしてくれた。
旅行の前に、あの子は引っ越した。
釜山旅行は、楽しかった。
スパもある良い宿に泊まって、
美味しいものも食べて、
海も、ずっと、眺めた。
帰り道に、ある石碑が目に入った。
「바르게 살자 (正しく生きよう)
바르게 살면, 미래가 보인다 (正しく生きれば、未来が見える)」
なぜか、寂しさは、消えなかった。
二人だけの釜山旅行を、後から知ったあの子は、
「次は、私も連れてって」って伝えてきた。
私は、「もちろん」って答えた。
8月、
久々に、あの子が遊びに来た。
3人で、たくさん食べて、たくさん笑えた。
別れのときに、あの子は、
たくさんの贈り物を渡しながら、こう言った。
「もう結婚しているから、こうしてたまに来るしかないけど、
実は、ここにずっといたかった。
離れたくないよ。君たちと。」
家に帰って、ずっと考えた。
私は、どれだけ卑怯なのか。
仲もいいのに、今更、
本当のことを言いたいと思っている。
「正しく生きよう」
泣きながら、あの子に連絡した。
「あのさ、
今日、遊んでから考えたことなんだけど、伝えたいことがあって。
実は、こういうことがあったんだ。
君が寂しくなるかもしれないと、どこかで分かっていたのに、
私も、別れがしんどくて、ただ、見ないふりしてたの。
本当に、ごめんね。」
あの子は、
こう言ってくれた。
「そういうことがあったんだ。
いきなり連絡が来て、プレゼントが気に入らなかったのかなと心配してた。
言ってくれてありがとう。
むしろ、そんなに痛くて、そういう気持ちだったって、
分かってあげられなくて、ごめん。」
次は、
あの子の地域に行くと約束をした。
2.
8月のある金曜日、
姉から連絡が来た。
「来月、このライブに行きたいんだけど、一緒に行かない?」
「いや、私はあのバンドのこと、あまり好きじゃないから」
「行こうよ、一人じゃ寂しいよ」
「仕方ないね」
いつものわがままの流れ。
「仕事はまだ忙しい?」
「うん。来週の月曜日から水曜日まで日本行くから、残業しなきゃ」
「え、日本?どこ?」
「札幌」
「私も行きたい」
「え」
突然のわがままの流れ。
それから、姉は、
無邪気に、月曜日から水曜日までだった予定を、
土曜日から水曜日までに変えて、
ホテルと航空券を予約して、こう言った。
「パスポート、今から探して!電話切らないで!」
ひたすら、大好きなバンドのライブだけ観て戻るつもりだった旅行が、
「姉妹の初めての海外旅行」に変わった瞬間だった。
無計画の旅行。
にしては、だいぶ、忙しかった。
普通ならただ通り過ぎるだけの空港の道でも、
姉は、「写真撮ろう」って、二人のパスポートの写真を撮った。
「何が食べたい?」と聞いて、
適当に、好きなユーチューバーがおすすめしていたお店を探して、
海鮮丼、スープカレーを食べた。
美味しかった。
小樽運河で、旅行客に頼まれて、情熱的なフォトグラファーになった姉を眺めたことも、
バスに乗ったのに1万円札しかなくて乗客に両替してもらったことも、
中島公園でアヒルには付いていき、カラスからは逃げたことも、
その全部が、
たまらなく、楽しかった。
ホテルは、シングルベッド2台だった。
初日から「なんでシングルベッド2台で予約してって言ったの?」って聞かれた。
「お姉ちゃんが不便かもしれないから」
「え?そんなわけないでしょ。小さい頃は二人で同じベッドで寝たじゃん」
「それはそうだけど」
「じゃあ、4泊5日、同じベッドで寝るね」
「え」
夜になると、私たちは、ベッドの上でお互いの恋の話をした。
姉は、数年前に自分が書いた詩も読んでくれた。
「やば、このとき、しんどかったかも」
「そうだったみたいだね」
私も、最近の日記をいくつか読んだ。
「なんか、深いね。難しい!」
気まずくて、笑った。
「私も行きたいって言われたとき、どんな気持ちだった?
実は、一人で旅したかったんじゃない?」
「ううん、嬉しかった」
「なんで?」
「お姉ちゃん、結婚してるし、もし妊娠したら、ずっと二人で旅行、行けなくなるかもしれないから」
「え、そんなことまで考えたことない」
「だろうと思った」
「なによ」
こんなくだらない話をしながら、眠った。
次の日は、大好きなバンドのライブの日だった。
朝から、
旅行中、初めて喧嘩した。
姉は、散歩して、サンドイッチのお店に寄りたいと言っていて、
私は、ライブの方が重要だから、今日だけは無理したくないと言っていた。
姉が怒ったままドアを開いて出かけた。
そして、5分も経たないうちに戻ってきた。
「出よう、お腹すいた」
「うん、ちょっと待って。あ、ごめんね、さっき言い方悪かったね。」
そこで、姉は、少し怒ったようにこう言った。
「謝るな!他の人に、そんなに簡単に謝るな!
お互い悪かっただけだから。
…私にだけ謝るの許すから、他の人には、先に謝るな!」
最後のセリフでなんだか笑いが出てしまったけど、
「わかった」って答えた。
サンドイッチを買ってきて、食べて、
手を繋いで、中島公園を散歩した。
ライブの前に、姉はコンビニでヘアピンを買って、
私の髪を整えてくれた。
最後にライブ会場の前で写真も撮ってくれた。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
ライブは、幸せだった。
来れてよかった。
ホテルで待っている姉を連れて、ラーメン屋に行った。
今日が最後の夜だ。
「ライブ、どうだった?」
「最高だった」
「私との旅行とライブのこと比べたら?」
意地悪な質問だと思ったけど、ちゃんと答えた。
「お姉ちゃんとの旅行の方が、楽しかったよ」
3.
変な夢を見た。
元恋人と別れる夢だった。
2回も。
1回目は、友達の前で。
2回目は、家族の前で。
夢の中での別れの定義は、少し変わった形だった。
友達の前で、まるで結婚を告げるように、
「私たち、別れました」
って、大声で言った。
母の還暦祝いでも、
「私たち、別れました」
って、頭を下げた。
みんな、喜んで、拍手してくれた。
帰り道で、
あの人は、車で私を送ってくれた。
「水でも買おうか」
「大丈夫だよ、気にしないで」
あの人は、
何か我慢しているように見えて、
私は、
水でも買ってあげたいと思っているのに、どこか頑なな空気だった。
それが、最後の姿だった。
夢から覚めた。
私たちは、友達の前でも、家族の前でも、
まともに紹介したことのない関係だった。
メッセンジャーで別れを告げられ、
それから一回も会っていなかった。
きっと存在していたはずの関係なのに、
現実では、誰にも話したことがなく、
ちゃんと、終わらせることもできなかった。
7年の恋が終わったことよりも、
それが一番痛かったと、
そのときに、やっと気づいた。
だから、
夢の中で私は、
無意識のうちに、
周りに結婚の招待状を配るように、
別れの招待状を配ったんだ。
気づいたら、涙がこぼれていた。
日本語で日記とエッセイを書きはじめてから
前より仲良くなった台湾の友達(通訳・翻訳家)にこの話をした。
友達は、
静かに慰めてくれた。
次の恋は、そんなに痛くないはずだよ、と。
その温もりに支えられて、
カレンダーを見たら、
9月1日だった。
この先に何があるのだろう。
私にだって、
誰にだって、
それはわからないのだろう。
それでも、行くしかないんだ。
9月末、
誕生日を迎え、
あの場所に。
このエッセイは、
最初の1編までは、その続きを書く予定のないものだった。
それを6編にわたって、
最後まで書き続けたのは、
ある人が、自分の文章を読んでくれていると気づいたから。
ここまで読んでくれたかどうかまでは知らないけど、
もし読んでくれたなら、
伝えたい。
ありがとう。
9年前の私は、
留学の最後の記憶を、
ちゃんとした記憶として終わらせるように、
そこに立っていた。
9年後の私は、
これから先のことは何一つ知らないまま、
ただ、これから生きるために、
そこに立ちたいと思っている。
終わりの後につづく、
たった一言のために。
「自分」という種を、そっとまくように。
<Prologue>