「吉例顔見世大歌舞伎【夜の部】」(上)
このblogの歌舞伎記事のスタートは昨年の歌舞伎座での「顔見世」
からでした。
1年が経つのは本当に早いものです。
今年も“地味”な東京の顔見世に行ってまいりました。
当日の演目と配役は下記の通りです。
【夜の部】(午後4時30分開演)
一、嬢景清八嶋日記『日向嶋景清』(ひにむかうしまのかげきよ)
悪七兵衛景清 吉右衛門
肝煎佐治太夫 歌 昇
里人実は 土屋郡内 染五郎
里人実は 天野四郎 信二郎
娘糸滝 芝 雀
二、 『鞍馬山誉鷹』(くらまやまほまれのわかたか)
中村大改め初代中村鷹之資披露狂言
牛若丸 大改め 鷹之資
鷹匠 富十郎
平忠度 仁左衛門
喜三太 梅 玉
蓮忍阿闍梨 吉右衛門
常盤御前 雀右衛門
三、 『連獅子』(れんじし)
狂言師右近後に親獅子の精 幸四郎
狂言師左近後に仔獅子の精 染五郎
法華の僧蓮念 玉太郎
浄土の僧遍念 信二郎
四、 おさん 茂兵衛
『大経師昔暦』(だいきょうじむかしごよみ)
茂兵衛 梅 玉
おさん 時 蔵
女中お玉 梅 枝
母お久 歌 江
番頭助右衛門 歌 六
大経師以春 段四郎
京都南座の毎年12月の顔見世が、京の風物詩として注目の出演者がズラリと並ぶのに比べて
東京の顔見世は毎年、一見したところいたって地味な出演者や演目が並びます。
まぁ東京の歌舞伎座は1年中歌舞伎を上演しているわけで、
京都と違って“顔見世”というほどには力が入っていないのは事実でしょう。
しかし昨年の「顔見世」で書きました通り、東京の顔見世には
中村雀右衛門、中村富十郎の人間国宝を中心に
中村吉右衛門、片岡仁左衛門、松本幸四郎、中村梅玉の実力派が出演し、
歌舞伎の基本とも言える【番組建て】や【演目】がしっかり並ぶところが特長でしょう。
今年も【昼の部】も【夜の部】も時代物→踊り→世話物という歌舞伎の基本的な番組建ての中、
それぞれ実力派たちが【当たり役】【初役】を演じ、芸を競い合う。
決してその中には派手さはないけれども、
見れば「これぞ歌舞伎」という充実感に溢れた公演になっている、
東京の顔見世はそんな感じではないでしょうか。
今年は中村勘三郎の襲名披露と何かと話題の公演が歌舞伎座でもズラリと並び、
今年歌舞伎デビューされた方も多いと思いますが、
歌舞伎ビギナーの方も、ある意味この顔見世あたりから歌舞伎鑑賞をスタートさせたほうがよいのでは?
なぜなら顔見世こそ、歌舞伎の基本的な物がギッシリ詰まっており、
これに“乗れ”れば、きっとその後も歌舞伎にハマると思うんですよね。
もし“乗れな”ければ…どうぞ外をあたってみてくださいませ。
今年は【夜の部】を鑑賞しました。
お目当ては播磨屋の『日向嶋景清』。
それまで知らなかったのですが、作者の松貫四は中村吉右衛門のペンネームだったのですね。
播磨屋が自ら書き、自ら主役を張る舞台。
播磨屋ファンとしては、これをチェックせずにはいられましょうか!
物語は歌舞伎の代表的悪役・悪七兵衛景清の島流し後の後日談であります。
自ら目をつぶし敵である源氏への恨みを残して日向島に流された景清(中村吉右衛門)。
そこへ糸滝と名乗る娘(中村芝雀)が肝煎佐治太夫(中村歌昇)に伴われて景清のもとを訪れる。
実は糸滝は景清の娘で、父のために身を売って、その金を父・景清に渡しに来たのであった。
盲目の景清は糸滝の事情も知らず、目の前にいる女が自分の娘である事にも気付かず、
無碍にも糸滝を追い返そうとする。
果たして親子の再会は実るのであろうか…。
播磨屋入魂の力演でありました。
その井出たちは彼の当たり役【俊寛】のようであり、
舞台の出から完全に世俗から取り残された【流人】の雰囲気を舞台いっぱいに充満させます。
決して動きにも派手さはなく、【しどころ】【見どころ】もないような淡々とした演技。
しかしそのわずかな動き一つにも、戦いに敗れ、
全てを失ってしまった男の喪失感のようなものが溢れています。
じっと黙り、じっと抑えた演技。
それがやがて今まで会っていた女が自分の娘で、
しかも彼女が置いて行ったお金が自らの身を売った金であることを知った時、
抑えていた感情が一気に爆発します。
「その子は売るまじ!」
なんともすざまじい感情の爆発。
その姿は【俊寛】が離れる舟に無念さいっぱいに「お~い!」と叫ぶ姿とダブります。
しかし、播磨屋の入魂の力演を充分に認めながらも、
終幕の景清の態度には疑問を拭い切れませんでした。
娘の一件で失望のどん底の景清は遂に源氏に捕らえられ、
唯一心の支えとしていた平重盛の位牌をも海中に捨て完全敗北を認めてしまう。
「家族は人間の精神の根幹にいるもの」
吉右衛門のメッセージは充分に理解しつつも
何もそこまで、と思ってしまったのも事実。
歌舞伎十八番の「景清」を始め、悪の代名詞のような存在であった景清が、
娘の一件で“志”まで捨ててしまうとは…
腐ってもやはり景清。
どこかにまだ“悪の香り”を残してほしいと思ったのは私だけでしょうか。
また長文になってしまいました。
明日は、ド派手な披露狂言 『鞍馬山誉鷹』から再スタートしましょう。
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