ちょうどこの時期になると母が診断された
頃のことがよく思い出されます
最初はペットボトルが開けられないアイロンが持てないから始まり
母の指が常に丸み帯びているようになり
よくむせもしていて
7.8軒の病院は巡りました
診断を受ける数週間前に
ALSともうひとつの病名の可能性を告げられ
そこで1番ショックを受けました
絶句して先生の質問を聞きながら
涙がぽろぽろこぼれました
帰ってきて泣きすぎて吐きそうになりました
母の方が落ち着いていました
診断は家族4人で聞き
母は信じていない様子でしたが家族が帰ると
泣き腫らしたようでした
そこから治療を受ける病院にうつり
なるべく早く気管切開をするのか決めてくださいという先生があらわれ
「気管切開をしない理由をたくさん聞いたので
気管切開して良かった方のエピソードも教えて欲しい」と尋ねたら
「ALSで有名になっているような人はほんの一握りのスーパースター。ほとんどはそういう生活じゃない。」というようなことを言われ
そんな説明では母が決めかねると正直
頭にきたこともありました
そこからも幹細胞の治療を受けたり声の録音したり
治験の問い合わせをしたり…とにかく丸5年
母も家族もみんな頑張ったよねという感じです
5年前から気管切開は一貫してしないと決めている母です
家族として全力でお願いだからして欲しいと迫ってしまったこともありましたが
苦しめていたとわかった頃から気管切開については誰も口にしなくなりました
家族も一時期は足の引っ張り合いになるくらい
バラバラな考え•行動をする時期があり
刺激がありすぎるくらいの毎日でしたので
いまは変化なく毎日穏やかに暮らせることが母の幸せに思えます