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a la recherche du temps perdu

「失われた時を探して。」マルセルプルーストの有名な小説。
何て気取ってみたのは若き日の 
好きだったフランス音楽の
旅をしてみたくなったから。
自分のレーベルでもリリースできたら
しようと思って。
そんな徒然ブログ始めてみます。
そんなブログです。

Dali ? , Yolanda ?
あなたは、自分の恋の喜びもその破局もそして、若き恋人との事も唄に込めて唄った。僕は前回、そう書きしるしたのだけれど、あなたは1967年~69年の2年間にどれほど自分の人生と、自分というもの、そしてL'amour 「愛」を見つめて問うていたのかを僕はその伝記を読む迄知る術がなかった。<あなたは、いろいろな書物を読みあさり、哲学、物理楽、宗教、それもカトリックの中でも神秘主義者と言われている Teihard Jardan に引かれ、又仏教、東洋インド哲学にもその範囲を拡げて、ソルボンヌの聴講生にもなり哲学の探求をし始めた。何かを求めて。それほどあなたが抱え込んだ人生、失ったものそれは、恋人の死、またあなたの中に生まれた新しい生命も失わざるを得なかった、過酷な人生。華やかなステージを取り巻くきらびやかな人間達を見ながらあなたは内向せざるを得なかったのでしょう。世界ツアーも再開して旅をしながら、唄いながらあなたは、その心のすき間を埋める事ができなかった。愛にも臆病になった。そんなあなたは、しかし、1968年の学生達がその自治と権利を掲げた5月革命に揺れるフランスやヨーロッパで又ヒットを出し続ける。そして、1969年にはイタリア映画に主演。叶わぬ恋におちるCAの役をも演じたのだけれど、どうやらこの映画自体あまり評判はよくなかったみたいですね。『Io ti amo 」という映画もちろん日本では公開されてはいません。この映画、Io ti amo は確かにあなたのPVですものね。
もう1曲この曲は映画と違ってヨーロッパで大ヒットした Dan-dan-dan. つまりは、全てあなた頼みの映画だったんです。 そんな事を全てあなたは分かって完全に演じきった。そして、再び歩き始めた歌い手としての人生を演じながら、その孤独感、そして人生や愛の苦しみに何故会うのかという答えを探し続けていたんですね。 あなたは、徐々に唄う意味、目標を見失い、そして引きこもる様になった。 いまや、愛というその真理を追い求めるのに夢中になったあなたは、化粧もすることなく求道者のようにもっともっと東洋神秘哲学や、ヨガ、ヒンズーの教えに入り込む様になっていった。 そう。キリスト教的2元論では解決できそうにもないと思われる人間の欲望の渕をあなたは、東洋哲学の中に見いだそうとしたのでしょう。それは、あなた自身の感性が求めたもの。やがてそれがあなたに潔い結論をもたらす。 そして、あなたは又この時にも一人の男性に出会うのです。どうしてもあなたは男性がいなくては生きていけない人間なんですね。東洋哲学の先生でもあったArnaud Desjardinsとあなたは、求道者の同士として愛に生きる事になっていく。 様々な自己探求の果てにあなたが行き着いた結論。それは唄い続ける事、それはあなたの宿命であり、業であり、唄が人生のそのものという事を受け入れる事だっだ。そして、愛を求めて生きて行く事。ひとりではなくてね。その境地を唄った唄。それがこの曲。でも、あなたは人生、一人であること、つまり生まれる時も一人、そして死ぬ時も一人という冷徹なでも真理である禅の真理をもしこの時受け入れていたら、そして、そんなあなたをじっと愛している人に気づいていたのなら、あなたのこの後の人生はどうなったのだろうと今僕は思っています。もっと素晴らしいうたを唄っていたのだろうか。 でもあなたは、唄った。「Pour ne pas vivre seule」と
そして、無情な影は音もなくそっとあなたの後ろに忍び寄ってきたのです。 そう。音もなくでもあなたは気づいていたはずだ。その影がどうしてあなたに近づいて来たのか。そして、その影を振り払う事ができたかもしれなかった事もあなたは気づいていたはずだ。 暑い夏が去ると共に、、、、。1970年の夏が去った9月に。 <続く>