2泊3日の小旅行の最後は鬼無里へ🚌

 

 長野駅前から路線バスで1時間くらい🕑

 

 山間にひっそり佇む村という感じです🏔🏔🏔

 

 住所は村ではなくて、長野市内だけど😲

 

 ここに行って何があるというわけではありません🆖

 

 鬼伝説の残っている集落だというのに、資料館がある終点の停留所が「旅の駅鬼無里」という名前で興ざめしました😅

 

 「旅の駅鬼無里」には、美味しくない蕎麦屋(仕方なく食べた)と、地元農家の野菜直売所がありました🍆🍅🥒

 

 それから、旅の駅の前にレストランがあって、出川哲朗が焼きカレーを食べたのを売りにしていました🍛

 

 どうやら、充電旅で訪れたようです🛵

 

 

 では、なぜそんな場所に行ったのかというと、鬼伝説に興味があったから👹

 

 こういう人は多いと思うので、「旅の駅」なんてどこにでもあるような施設を作るんじゃなくて、鬼伝説を前面に出せばいいのに😕

 

 こんなこと思うのは、僕だけでしょうか……

 

 確かに、旅の駅にはかなりの人が車で訪れていたけど、資料館では誰も見ませんでした😨

 

 鬼伝説は一つじゃないようですが、とても興味深かったです😌

 

 その1.

 天武天皇が長野に遷都することを計画し、その候補としてこの地に白羽の矢を立てたのだそうです。これを知った鬼たちが、「都ができたら自分たちの棲み家がなくなってしまうので、都ができないよう山を築いて邪魔しよう」と、一夜で山を築いたそうです(一夜山という、標高1562mの山が近くにあります)

 これでは遷都などできないので、天皇は阿部比羅夫に命じて鬼を退治させたのだとか。この時から、この山里に鬼はいなくなり、鬼無里と呼ばれるようになったとか。

 

 ここからは、僕の推察です😌

 

 こんな山の中なのに、この場所は麻とその工芸品が特産品で、古くから栄えていたそうです😲

 

 おそらく殺されたのは鬼ではなく、麻問屋ではないかと思います🔫

 

 麻の利権を我が物にしようと考えた天皇が殺害を命じたのではないかと😕

 

 しかし、それでは欲に目が眩んだ殺人犯になるので、鬼退治をしたことにしてしまったのでしょう😠

 

 その2.

 京の都から追放された紅葉という美しく高貴な女性が、この地にいたそうです。都から来たということで、村人は敬愛し、屋敷まで設けてあげたんだそうです。

 にもかかわらず、紅葉は夜な夜な村を荒らしまわるようになり、村人は鬼女と呼ぶようになったそうです。やがて、その噂が都にまで知れ渡るようになり、朝廷は平維盛に鬼女退治を命じて、鬼女を征伐したとのこと。

 鬼女が退治されていなくなったこので、鬼無里と呼ばれるようになったとか。

 

 これも僕の推察です😌

 

 紅葉は天皇の女でした👩

 

 飽きられて、捨てられて、長野県の田舎へ追放されたのです💨

 

 しかし、このまま生かしておくと、天皇との性生活などを『文春』に暴露したり、YouTubeなどで暴露しかねません😨

 

 これに困った朝廷は、村を荒らしまわる鬼女というレッテルを紅葉に貼って、無理やり退治の理由づけにしたのです😕

 

 本当は村を荒らしまわったのは紅葉ではなく、自らの利権にしようとした朝廷の連中で、それを紅葉のせいにしたのです😲

 

 なんて悪い連中なのでしょう😕

 

 と、鬼無里はこんな場所です👹

 

 車なら戸隠も近いし、白馬も近いです🏔