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ピザ食べました
2時過ぎに朝昼兼用のご飯を食べる、超ナマケ者でーす



こんな大人は嫌だー




ぐうたらこクチビル




寝言はこの位にして、ピザがとってもおいしかった件について…



写真にはピザですけど、このピザは近所の、天然パン工房の物です。
パンも何種類か販売しています。
私が子供の時オープンして、当時はまだ珍しかった、天然パン工房。




全て手作り、天然のものなので、少し固い感じですが、体にもいいし、私は子供の時から食べているので、これが『お袋の味』みたいになってしまってます。




祖母がよく
『パン買っておいたよ。食べなさい。』
って言うパンは必ずここのもの。



お休みの日は、きちんと起きて来ないで寝てばかり。
周りの人より痩せ気味の私の体が心配な祖母は、私に何か食べさせないといけないからっていつも心配ばかりする人でした。

もちろん私は体質的に痩せているだけなのに、祖母にはそれが不安でたまらない様子でした。

しつこく、
あれを食べろ、これを食べろ…
天然パンもその一つ。




今日は、母が買ってきてくれていました。



スゴクおいしかったです。


ばーちゃん私は
変わらずグータラだけど、食べてるよ。




って、
ジャンに向かって、心の中でつぶやきました。



ジャンと祖母は私の中では、ほぼバトンタッチするよーに存在が入れ代わった感じ。




ゆうべ母が


『ジャンは、あんたが帰ってこないと、ごはん食べないね。落ち着かんとやろー…』




ってボソッと言いました。


私も気づいてはいたんですけど…



祖母は亡くなる年、私が仕事で少し帰りが遅くなると不安がりました。


帰ってきた私の顔を見る為に、ヨロヨロっと廊下に出てきて
『あぁミネちゃん帰ってきたね。あんたが帰ってきてやっとホッとできる。心細かった』


そう言ってまた暗い部屋にひっこみました。



朝別れて夕方会うまでの時間も不安だった祖母。



もう死期がせまっているのを本人だけが気づいていて、周りは誰もその事に気づいてあげられませんでした。



祖母は不安がっていたのに、最後は守ってあげられませんでした。




どちらかと言えば
不安がる祖母が負担でした。




頼られることが負担になっていました。




最後の最後で大事な人を裏切ってしまった感覚が
私をつねに追い詰める感じがします。



身勝手な自分自身がいつまでも許せない感覚。




来年の正月に三回忌をします。




祖母が残してつないだ命の私は、
まだまだ
発展途上ですが、毎日毎日を結局は生きるしかないのですよね

がんばるしかないのですよね


1番の話し相手で
味方だった人をなくしてからもうすぐ三年目がやってきます。


新しい出会いもあったけど、9割方は何にも変わってない気がします。



おんなじ事の繰り返し

おんなじ失敗の繰り返し


学習能力がなーい



祖母が泣いているよーな笑っているよーな、それでも無理矢理、私のいいところを探して褒めよーとするんじゃないか、かばおうとするんじゃないかと…

愛し合って、憎み合って、結局家族に生まれてきてしまったから、別れの日が来てしまって。




どんな風に生きられるかは、もうある程度決まっているのかもしれませんね。
人って。
何色にするのか
何色にしたいのか
何色にできるのか


何回失敗しても
不器用でも

やっぱりがんばるしかないですね


命ある限りはがんばろーと思うし。



さぁ、そろそろジャンを散歩に連れて行かないと。


子供の日の夕暮れはいつも祖母といました。


30年が経ち、今は犬と歩いています。


…さぁ、また、30年後は誰と一緒に夕暮れを歩いているんでしょう。