和食店の女将の座をMちゃんに引継ぎ、

私は、本部所属の教育係り、教育室長になりました。

 

ここで、外部のコンサルタントの女性に出会いました。

彼女は、各飲食チェーン店の社長宛てに手紙を書いて、

自身の売り込みをしていたところ、

当社の社長の目にとまり、顧問契約を結ぶことになったのです。

 

 

彼女とは年も近かったせいもあり(私より2歳上)すごく気が合い、

今後、どのようにしていったらいいか話し合いました。

 

彼女(先生)が一番最初に、店長会議で研修をしてくれた時、

眼から鱗で、すごく衝撃を受け、とても感動し、

是非一緒にやってみたい、私も勉強していきたいと思えたのです。

 

 

まず、二人で始めたのは、全店を回って基本的な接客接遇研修をする事と、

各店の問題点を見つけて、店長やママさんと話し合う事。

 

 

何しろ、その頃の会社の店舗(当時15店舗位)は、

各店店長任せで、店長は「歩くマニュアル」と言われていて、

お店によって対応がバラバラ。

 

もちろん、その方が、マニュアル重視の画一的なチェーン店より味があり、

それぞれのお店の常連さまにも喜ばれてはいたのですが、

店舗間でのバイトの応援や、社員の移動があった時の混乱や、

トラブルなどあった時のお店の対応がマチマチで、

お客様に不信感やご迷惑をかける事もあります。

 

 

それで、今までなかったマニュアルを、二人で初めて作成しました。

 

もちろん、どこかのファーストフード店の様に、何から何までマニュアル化するのではなく、

各店、各店長の個性を生かしつつ、

衛生管理、身だしなみや会社としての基本的なルール、

そして全店共通の部分のマニュアル化と、必要最低限の動作、挨拶、

また苦情に対する基本対応などを決め、

マニュアルブックを作成したのです。

 

これを持って、全店の朝礼時に立ち会い、

ブックに沿って説明したり、実際に見本を見せて各自にもやらせたりしました。

 

案の定、最初は古い人達(特に厨房の職人さん)には不評で、

「そんな風にしないといけないのなら辞める」とまで言われました。

 

でも、会社側、特に社長が強く後押ししてくれたおかげで、

何とか、全店の基本部分でのマニュアル化ができ、

また、各店長やママさんたちとの交流もできました。

 

このマニュアル化をして一番良かった事は、レジのマニュアル化。

 

この頃は当然、オーダーエントリーシステムもなく、

(もちろん、今では当たり前になったエアレジもアセアセ

各店のレジの配置はバラバラ。

 

バイトや社員が応援に行っても、レジが分かりづらかったのですが、

レジキーの配置を共通にする事で、どこの店舗でも対応できる様に。

 

チェーン店なら当たり前のことですが、

この時は、それさえもできていなかったのです。

 

一通り全店のマニュアル化の推進ができたところで、

月に一度、店長会議やママさん(女将さん)会議などを開催し、

より良い接客や、対応の仕方などの勉強会や

先生の研修を受けたりしました。

 

また、各店の料理や接客に問題がないかなど

二人で店舗視察をして回りました。

 

その後、私はどんどん出店していくお店の立ち上げに追われ、

店舗チェックや電話応対チェックなどは先生に任せ、

レポートを受け取って確認だけしていました。

 

 

その後会社を辞めてからも、先生(彼女)とは長い付き合いが続きました。

 

 

 

何もない所から、色んな事を考えて作りだす作業は楽しいですね。

この頃が、飲食業界にいて一番楽しく、やりがいを感じていた時期でした。