生い立ち:貧しかった家、6歳でいなくなった父
リョウです。今日は、プロフィールでは少しだけ触れた「貧しかった家」の話を、もう少し深く書いてみます。
小さな家と、母の背中
昭和48年、山陰の小さな町で生まれました。家は決して裕福ではなく、むしろ「貧しい」と言ってしまった方が正確だと思います。冬は家の中でも息が白くなるくらい寒くて、母はいつも何かの仕事で家にはいなかった記憶があります。
上には姉が二人いて、私は末っ子でした。三人とも、母の手一つで育てられました。
6歳のある日、父がいなくなった
小学校に上がる前の、ある日のことです。気づいたら、父がいなくなっていました。
なぜいなくなったのか、当時の私には分かりませんでした。誰も詳しく説明してくれなかったし、幼すぎて聞くこともできませんでした。ただ、家の中から父という存在が、ある日を境に消えた。それだけは、はっきり覚えています。
貧しくても、愛情だけは足りていた
それから、母と姉二人と私の、女三人男一人の生活が始まりました。お金はいつも足りていませんでしたが、不思議と「愛情が足りない」と感じたことはなかったです。母は、貧しさの中でも、できる限りのことをしてくれていたと思います。
今振り返ると、あの頃の母は相当しんどかったはずです。それでも、子どもの前ではあまり弱さを見せなかった人でした。
今、自分の子どもにしていること
実は最近、息子たちのことを考えていて気づいたことがあります。私は息子二人に、小さい頃から空手をやらせていました。「弱い者を助けて、弱い者いじめをする奴をやっつけろ」と、よく言っていたんです。
これ、たぶん自分に父親がいなかったことと、無関係じゃないと思っています。自分が「ヒーロー」に守ってもらえなかった分、息子たちには「誰かのヒーローになれる強さ」を持たせたかったのかもしれません。
当時は意識していませんでしたが、こうして文章にして初めて、繋がっているんだなと気づきました。
次回は、中学・高校で荒れていった頃の話を書こうと思います。同じように家庭環境で苦労した経験がある方、何か感じることがあれば、コメントやアメッセで聞かせてください。